樹木に病害を引き起こす病原菌は3800種を優に越え、これら菌種の正確な種名は命名規約の下、樹木病理学上の病害防除のみならず、植物検疫制度、生物多様性条約でさらに重要性を増している。分子系統による分類体系再編や命名規約の変更に伴い、菌種の所属再検討が世界的に行われているが、日本では研究が進んでいない。また、我が国では、分子系統解析や病原性、病害リスクを検討する上で必要な分離菌株が存在しない種が多く、これらの研究も滞っている。そこで本研究では、日本産ヒノキ科樹木の寄生菌Phyllosticta属菌に着目し、研究の滞っている所属および病原性の再検討を目的として、病害標本の再収集と分離菌株の確立を行った。 ヒノキ科樹木に寄生する日本産広義Phyllosticta属菌のタイプ標本、1都3県で採集された15科28属241標本および針葉樹3科20属27種から得られたPhyllosticta属菌、53分離菌株を用いて再検討を行った。その結果、既知種2種および本属に転属すべきPhoma pilosporaおよびPho. thujopsidisに加え、日本新産種Phy. spinarum、Phy. thujaeおよびPhy. paracapitalensisを確認し、ヒノキ科に寄生する日本産Phyllosticta属菌の菌類相を明らかにした。さらに、Phy. thujaeおよびPho. pilosporaのEpitypeに相当する命名規約上有効となり得る標本と分離菌株も確立した。推定された系統関係から、ヒノキ科由来のPhyllosticta属菌は複数の宿主属を含む5系統に分かれ、同じ宿主属に対して複数の種が寄生することが明らかとなった。さらに、形態的特徴および生育適温の違いが必ずしも系統関係と一致せず、そのうち2つの系統群は種複合体からなることを本属菌で初めて明らかにした。
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