堅果の生存過程を解明することは、コナラ属樹木の更新過程や維持機構を解明し、ナラ・カシ林生態系の保全・管理を実施する上で重要な貢献となる。本研究では、堅果の主要捕食者であるシギゾウムシ類などの種子食昆虫と森林性野ネズミとの相互作用がコナラ堅果の生存過程に及ぼす影響を解明することを目的として、岩手大学滝沢演習林(岩手県滝沢市)のコナラ林固定調査地で下記の調査を実施した。 1)種子トラップを用い、堅果生産量の年次変動、虫害率を明らかにした。また、堅果調査区画を設置し、コナラ堅果の生存過程を追跡した。 2)野ネズミは標識再捕獲調査によって個体数変動を調べ、種子食昆虫については散布前虫害率を用いて活動量を推定した。 3)コナラ樹木個体毎に推定した実生発生数に、野ネズミの活動と種子食昆虫の加害率が影響するかどうかを解析し、堅果の生存過程に野ネズミと種子食昆虫との相互作用が影響を及ぼすかどうかを検証した。 その結果、野ネズミの活動頻度が低く、虫害率の高い母樹ほど実生発生数は多くなるという関係が認められた。また、個々の種子レベルでの解析によって、散布前虫害のある堅果は虫害のない堅果に比べて、実生になるまでの生存確率が高いことが示された。一方、野ネズミによる種子食昆虫の除去行動や野ネズミ活動頻度は、実生になる確率に影響しないことも判明した。これらの結果から、散布前虫害が実生発生確率に及ぼす正の影響は、種子レベルでの形質媒介間接効果の結果であると推測された。すなわち、散布前虫害による堅果の質の低下によって野ネズミの捕食回避が生じたために、虫害種子の生存確率が高まったと考えられた。 野ネズミと種子食昆虫とは一見すると空間的・時間的に隔離されているため、その関係には関心が払われてこなかった。しかし,上記の結果から、無関係に見える両者の相互作用が堅果の生存過程に実際に影響することが明らかにされた。
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