日本各地の水文試験地において長期間の降水量と流出量のデータが蓄積されたことから、流域水収支法によって算出した森林蒸発散量(≒降水量-流出量)をもとに、森林が気候変動にどのように応答するのか実証的に解析することが可能になってきた。一方で、年輪のセルロースの酸素同位体比δ18Oとδ13Cの組み合わせにより、より優れた気候の復元が実現する可能性があると考えられている。本研究では、流域水収支法で得られる森林蒸発散量と年輪のセルロースのδ18Oおよびδ13Cをもとに、森林の成長や気候変動の両方が森林蒸発散量に及ぼす影響を明らかにすることを目的とする。調査は1939年から気象および流量を観測し、流域内に樹齢約100年のスギやブナが存在する森林総合研究所釜淵森林理水試験地において行った。流量・気象観測を継続するとともに、スギから年輪のコアを採取し、そのセルロースの酸素および炭素同位体比を測定した。 降水量-流出量で計算した蒸発散量は1911年に植栽して以降放置されている森林において、長期に減少する傾向が見られた。また、施業履歴が異なる3つの流域で長期蒸発散量を比較したところ、蒸発散量は伐採後に減少し、植栽後に伐採前の値へ回復する一方で、施業の時期に関係なく、3つの沢で同時期に同様の変動が見られた。この変動が気候変動の影響であると考えられる。そこで、蒸発散量と気象要素との相関を調べたところ、蒸発散量は日射量や飽差との間に相関が見られた。一方、年輪のδ18Oは夏季の降水量、δ13Cは飽差とよい相関があった。また、δ13Cから計算される水利用効率は1960年代以降の大気中のCO2濃度の上昇に伴い上昇していた。水利用効率が上がると樹木は気孔をあまり開けなくても蒸散ができるため蒸散量が減少する。このように気候変動に応答した樹木の気孔の開閉が流域水収支に影響を及ぼしていることが示唆された。
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