研究課題/領域番号 |
16K07899
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
山尾 政博 広島大学, 生物圏科学研究科, 教授 (70201829)
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研究分担者 |
山下 東子 大東文化大学, 経済学部, 教授 (50275822)
鳥居 享司 鹿児島大学, 農水産獣医学域水産学系, 准教授 (70399103)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | ふ化放流事業 / (国産)サケ離れ / 漁協自営定置網 / 産地加工業 / 中核的加工企業 / 原料調達 / 定点観測 |
研究実績の概要 |
本年度の研究は以下の4つの課題に沿って行われた。第1は、東日本大震災によって壊滅的な打撃を受けた三陸サケ産業の復興過程の諸特徴をフードシステム的な視点から分析した。岩手県のふ化場を調査した結果、サケの生態学的な解明が進み、産卵・ふ化・育成・放流のための技術が向上したが、サケ来遊数の減少が続き、産地取引価格の振幅が激しい。「(国産)サケ離れ」は着実に進んで、ふ化放流事業を支える経営的、資金的、人的資源を維持するのが難しくなっている。ふ化放流をめぐる構造的な問題がみられた。第2は、大型定置漁業の経営動向、漁協経営に関する分析を行った。岩手県ではサケの来遊数の変動が大きく、特に震災後はサケ漁の不振が続いている。漁協において、サケを主な対象魚種とする自営定置網漁業の実態を調査したが、水揚高が低調に推移し、漁協経営に大きな影響を与えている。定置網経営を維持するためにふ化放流事業のあり方を検討すべきだとの漁業者の声が強かった。 第3に、サケを扱う産地加工企業と流通がどのように変化しているかを調査した。震災を前後して、サケを扱う水産加工企業の中でも、事業規模が大きく、加工や凍結、保管能力のある中核的企業にサケ原魚が集まりやすい。企業間の復興格差が影響し、サケの水揚げが減るなかで原料調達をめぐる競争が激しくなっている。高次加工を手掛ける零細企業の中には、前浜原料を確保しづらくなり、輸入サケ・マスを用いるケースがみられた。サケ加工については、企業間分業が急速に進展した。被災地の産地市場では労働量不足から粗選別が増え、取引単位が大きくなっていた。第4に、サケの流通について文献調査、定点観測、市場調査を行った。東京都の量販店にて定点観測し、輸出先である香港においては取り扱われているサケ製品について調査した。サケは原料魚として以前から輸出されているが、今後は製品輸出の可能性も検討できる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
岩手県の県央・県南を中心にサケ水揚産地の実態調査を行い、サケ・マスふ化場、漁協、産地市場、水産加工企業、県行政機関等では聞き取りと資料収集を行った。岩手県では,漁協がふ化場を所有・運営し,同時にサケを主な対象魚種とした大型定置網を操業するケースが多い。その操業には,数十人規模の乗組員が周年雇用ないしは季節雇用されていた。漁協は水揚げされたサケを産地市場に出荷し,加工業者や流通業者に販売する。サケ水揚量の減少が著しい地域では、大型定置経営のサケ売上高が減少し、漁協販売自営の売上に占める割合が低下していた。前浜資源に依存して操業パターンを組んでいた水産加工業では原料の確保が難しくなり、加工企業にはサケを基幹魚種から外す動きがみられた。三陸水産業におけるサケの経済的位置は急速に下がっていることが明らかにされた。つまり、「アキサケ離れ」が進行していたのである。三陸のサケ・フードシステムには構造的な変動が生じていたことがわかった。首都圏の量販店を定点にした消費者の購買行動に関する観察では、日本のサケ・マス消費における海外産のシェアが50-60%にまで拡大し,国産サケはイクラを除いて市場での優位性を失っている事態の進行が明らかにされた。 調査結果の一部は、関係する学会にて口頭報告された。また、学会誌その他への雑誌に投稿して、受理された。本年度内には受理されなかったが、査読審査中の論文もある。29年度には農業市場学会において、研究代表者が中心になってミニシンポジウム「三陸被災地の水産業の構造変動を考える-主に岩手県を事例にー」を開催する予定である。成果は着々とうまれつつある。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の目的は、東日本大震災で被災した三陸サケ産業の復興過程をフードシステム的な視点で分析し、それを踏まえて、北海道を含む日本のサケ産業全体が抱える構造問題を明らかにし、国際競争力を発揮できる産業として再生するための道筋を提示することである。次のような4つの課題を掲げている。課題1は、三陸サケ産業の復興過程の諸特徴をフードシステム的な視点から分析することである。課題2は、日本のサケ産業の実態を、ふ化放流事業、漁業・養殖経営、加工・流通、消費の段階にわけて分析することである。課題3は、サケ・マス製品の輸入増大により急激な変化を遂げている消費市場の動きを分析し、競争力のあるサケ産業をいかに育成するかを検討することである。課題4は、中国と東南アジアの食品産業との国際分業関係の深化のなかで、日本のサケ産業の存立基盤を見通し、輸出志向型産業としていかに構築するかを検討することである。 初年度の研究を踏まえると、三陸のサケ産業は予想以上に脆弱化していた。地域や業種によっては存立が危うくなっていることが明らかになった。今年度は三陸に加えて北海道を対象に、ふ化放流事業、漁業経営、加工・流通、消費について検討する。「(国産)サケ離れ」による産業の脆弱化が三陸に限ったことなのか、それとも北海道においても広く確認できる事態なのかが分析される予定である。この点で詳細な検討が必要なのが、輸入サケ・マスを中心に動く消費市場の構造である。量販店や中食・外食における国産サケ・マスに対する需要の動きを、ミクロの定点観測を続けながら明らかにしていく。国内需要の長期にわたる不振によって、日本のサケ産業は東アジアの水産加工業との分業関係を築いてきた。原料魚を供給するという強い輸出志向性を示してきた。今年度は、東アジアに展開する水産食品製造業の国際分業関係の展開過程が詳しく分析することになる。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度の調査経費については、現地調査及び資料収集等が順調に進み、その成果を発表することに力を割いた。また、別の事業で調査対象地を訪れる機会があったために、調査経費全体を節約することができた。次年度に当初計画の予算を繰り越したのは、調査地が三陸に加えて、北海道及び海外の遠隔地になり、旅費経費がかかるためである。
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次年度使用額の使用計画 |
調査対象地は、三陸では岩手県に加えて、宮城県と福島県の一部になる。サケマスふ化場、加工場を中心に岩手県で実施したのと同様な調査を計画している。また、北海道では東部・網走方面での調査を実施し、特に定置網経営の実態と産地加工業の動向について焦点をあてる。原料魚として海外に輸出されるサケについては、中国の大連等に立地する水産加工場を調査する計画である。研究協力者の費用支払を含めて、旅費としての支出が中心になる。
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