本年度は、昨年度に実施したアメリカ国立公文書館での資料調査にて収集したアメリカ農務省海外農業局(FAS)資料の分析および、外務省外交史料館で新規に公開された外交文書の収集を行った。日本の外交文書分析から、対日PL480について(1)いわゆる「アメリカ小麦戦略」論は小麦生産者団体の活動に関する過大評価であること、(2)他国と比較した対日PL480の特徴は市場開拓活動ではなく経済開発借款比率の大きさであることが判明したが(昨年の実施状況報告書参照)、従来検討されてこなかったFAS文書を検討した結果、小麦の日本市場開拓活動について新たに以下の点が明らかとなった。 第1に、農林省とFASの対立について。問題となったのは小麦消費増という目的についてではなく、既存の粉食奨励事業への取り込みを図った農林省に対してキッチンカーなど新規の事業を重視したFASという、手法をめぐる見解の相違であった。第2に、在外公館スタッフの見解について。駐日大使館・領事館報告には、FASの市場開拓活動についてきわめて懐疑的な見解が表明されている。在外公館スタッフにとって、外貨不足という最大の制約要因を無視した市場開拓活動はほとんど見込みのないものと捉えられていた。また、当時アメリカ小麦対日輸出の大部分はパン原料であるハード系ではなくソフト系・セミハード系であったため、領事館報告で対日輸出が有望視されたのは麺類(うどん・ラーメン)原料としての用途であった。 以上の事実発見は、アメリカの官民一体となった小麦市場開拓により戦後日本の食生活が西洋化したという「アメリカ小麦戦略」論の想定とは大きく異なるものである。これらについては、2018年度日本農業経済学会での報告を予定している。
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