研究課題/領域番号 |
16K07928
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研究機関 | 久留米大学 |
研究代表者 |
葉山 アツコ 久留米大学, 経済学部, 教授 (30421324)
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研究期間 (年度) |
2016-10-21 – 2020-03-31
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キーワード | フィリピン / 山地 / 人工林 / 木材産業 / 小農 / 森林再生 / 国有林 / 私有林 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、林業の観点から資本主義がどのようにフィリピン山地部(国有林地)を掌握しているかを明らかにすることである。明らかになった第一は、大統領の環境重視策が大規模資本による山地部掌握を困難にしたことである。2011年の大統領による天然林伐採禁止令は、広大な山地の利用権を与えられた木材会社の経済活動を停滞させた。木材会社に付与された国有林地利用権とは、産業造林(木材産業のための森林再生)を目的にしたものであるが、そのための原資を事業地内の天然林伐採によって確保するという設計になっている。天然林禁伐令はこの制度の継続を困難し、山地における大規模資本の存在を低下させた。第二は、小規模人工造林が山地部に拡大していると考えられることである。現時点でこれは、最大の木材生産地であるミンダナオ島東南部のカラガ地方での資料調査に基づく仮説である。管轄区内に最も多くの木材加工工場を持つ同地方北アグサン州の環境天然資源省(国有林地監督官庁)ナシピット地域事務所で私有地人工林調査を行ったところ、私有地人工林所有者が299名いることがわかった。「私有地」の多くは国有林地が私有地として登録されている土地である可能性がある。平均人工林規模は7haであるが、100ha以上の所有者もおり、分散しているとはいえ広大な面積を確保できるのは山地(国有林地)であろう。小農による人工林造成は、補助金(苗木の無償配布など)なしでは困難である。私有地人工林造成の主たる担い手は資本蓄積のために人工林造成に投資した地域リーダーであると考えられる。フィリピン地方政治権力の特徴として緩やかな紐帯で結ばれた派閥の存在が挙げられるが、派閥に属するクライアントの個人的忠誠を確実にするためにパトロンの富の持続が要求される。地域リーダー(パトロン)の富蓄積という動機が国有林地の私有化、そこでの小規模造林地を拡大させたと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
木材流通の観点から資本主義によるフィリピン山地掌握の実態を明らかにするために、まず29年度8月中旬からの1カ月ほどマニラ首都圏にて、中央官庁での資料収集及び聞き取りと首都圏に立地する木材加工工場での聞き取りから始めた。3月に3週間ほど木材産業及び木材供給の中心地であるミンダナオ島カラガ地方にて土地利用を観察した。人工林が同地方の重要商品作物であるココナッツ及びアブラヤシとともに広がっていることを確認した。30年度8月中旬からの1カ月ほどのカラガ地方調査を予定していたが別の研究のために実施できず、3月にずれてしまった。約3週間の滞在で、同地方の環境天然資源省(山地監督官庁)地方事務所と同地方北アグサン州ナシピット地域事務所(木材加工工場が最も多く立地)にて担当職員への聞き取りと資料収集を行った。同地域事務所では考えていた以上の多くの資料の存在を確認し、そのデジタル化と整理に時間と費やした。そのため、滞在期間中に予定した木材加工工場及び人工林地所有者への聞き取り調査をすることができなかった。同地域事務所で収集した資料の整理も未完了で暫定的に立てた仮説を検証することが重要な課題として残っている。さらにフィリピン山地で進められている2つの重要な国家政策(国家緑化計画及び大規模産業造林事業)についての調査がまだ十分に進んでいない。これらの調査を31年度に進める予定である。一方で、フィリピン人調査協力者2名に依頼している全国土を対象とした山地人口動態把握を目的とする行政村単位の基礎情報収集は着実に進んでいる。中央官庁にて必要とする基礎情報を得ることが難しいため、1名が各自治体へ電話あるいは電子メールにて問い合わせて情報収集し、もう1名が得られた情報の整理を行っている。今後はこれらの情報の分析をする必要があるが、31年度は私自身がデータ収集をしているカラガ地方についての調査を優先させる。
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今後の研究の推進方策 |
本研究最終年度である31年度は、3つの課題に取り組む。第一は、ミンダナオ島カラガ地方において人工林造成地の私有地の出自について及び私有地人工林造成の担い手の特徴について把握することである。本研究は、資本主義によるフィリピン山地(国有林地)掌握の実態を明らかにすることであり、私有地は対象外であるが、国有林地内に私有地として登録されている土地の存在の多さは国有林地と私有地の境界が曖昧であることを意味する。人工林投資のために国有林地の私有地化が増加しているという仮説を検証し、さらに北アグサン州ナシピット地域事務所(国有林地監督官庁の出先機関)管轄の約300名の私有地人工林所有者の特徴について、中小規模の資本家かつ政治的派閥のパトロンであるという仮説を検証する。第二は、大規模木材会社による産業造林事業の進捗状況をまとめることである。林業の観点から資本主義による山地掌握を考える場合、最も広大な面積を掌握しているのは大規模木材会社である。多くの木材会社は天然伐採禁止令によって林業(天然林木材生産、産業造林)の停滞を余儀なくされた。大規模資本による山地掌握の脆弱性を検証する。第三は、国有林地内で政府が近年最も注力する、国家緑化事業という名の植林事業の進捗状況をまとめることである。国有林地内の長期林地利用権を付与された住民組織に対して無償の苗木配布などの補助金を投入して植林する事業が全国的に転換している。将来は国家緑化計画にて育成された人工林が木材産業への原料供給地になることが期待されているが、過去の類似の大規模植林失敗の経験を踏まえれば、国家緑化計画も失敗に終わることが予想される。まずは事業の進捗状況を把握し、木材産業が国家緑化計画をどのように評価しているかについての聞き取りを行う。フィリピンでの調査は8月上旬から約1カ月の滞在、さらに補足の調査を2月中旬からの約2週間で行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
29年度及び30年度ともにフィリピンにて調査を行い、支出しているが、収支簿記入が遅れている。早急に両年の収支報告をしたい。
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