研究課題
本研究では、シロイヌナズナで見出された水分屈性制御因子の機能を解明し、イネやマメ等の他植物の水分屈性発現機構と比較解析することを目的としている。平成29年度は、シロイヌナズナの根の水分屈性を制御するMIZ1の機能を明らかにするために、水分屈性を欠損したmiz1突然変異体の表現型(水分屈性の欠損)を回復させるmiz1抑圧突然変異体候補系統を新たに1系統単離した。また、MIZ1とHSP90およびNPH3が相互作用する可能性を見いだしていたので、そのタンパク質間相互作用を酵母2ハイブリッド法およびBiFC法で解析した結果、 HSP90、NPH3ともにMIZ1とは直接的に相互作用しないことがわかった。しかし、HSP90の突然変異や阻害剤処理、NPH3の突然変異は水分屈性を有意に低下させた。したがって、これらの分子は、第三者を介した複合体を形成して水分屈性に機能することが考えられた。シロイヌナズナでは、重力屈性に必要な根冠細胞やオーキシンが水分屈性の発現に必須ではないことを報告したので、イネおよびキュウリの根の水分屈性における根冠、オーキシンの働きを検証した。その結果、いずれの植物の根においても、根冠を除去すると重力屈性は抑制されるものの、水分屈性は正常に発現した。また、イネとキュウリの根の水分屈性には、重力屈性の場合と同様に、オーキシンの偏差的輸送・分布が関与し、それは根冠除去による影響を受けない。逆に、根冠を除去すると重力屈性による干渉が排除され、水分屈性を顕著に発現することがわかった。このキュウリ根の水分屈性に対する重力屈性の干渉は、宇宙実験によっても検証された。これらの結果は、シロイヌナズナと異なり、イネやキュウリでは、オーキシンが水分屈性を制御するが、そのオーキシン動態は重力屈性の場合とは異なるメカニズムによって制御されることを示すことになった。
2: おおむね順調に進展している
初年度にMIZ1が機能する細胞群を特定し、水分屈性のための水分勾配感受細胞とMIZ1を必須とする偏差成長が根の伸長領域に存在することを明らかにした成果の波及効果は大きく、それが、MIZ1の分子機能や水分屈性特異的な分子機構や植物種による水分屈性制御機構の違いを解明する解析に直接的につながっている。MIZ1の分子機能を解明するための相互作用タンパク質の同定では、HSP90とNPH3が第三者を介してMIZ1と複合体を形成して水分屈性に機能する可能性を提示した。加えて、MIZ1と相互作用する可能性のあるタンパク質としてH+-ATPaseを見いだし、それが水分屈性に機能し、偏差的な細胞内pHを調整していることが示唆された。現在、突然変異体および細胞内pHマーカーを用いて仮説を検証している。また、miz1抑圧突然変異体の解析では、これまでに得られた表現型が弱かったために、再スクリーニングを行い、新たに1系統のmiz1抑圧突然変異体を得て、解析を進めている。さらに、水分屈性と光屈性に機能する小胞輸送制御系を理解するために、MIZ2/GNOMが機能する細胞群を同定する解析を進めている。細胞内Ca2+動態を、YC3.6を導入したシロイヌナズナ系統を用いて解析した結果、水分勾配刺激(水ストレス)に応答して根端の細胞内Ca2+濃度が上昇し、それが伸長領域の中心柱において顕著になることがわかった。現在、このCa2+動態と水分屈性の発現との因果関係を解析している。一方、キュウリおよびイネを用いた解析で、シロイヌナズナと同様に、根冠細胞は水分屈性に必ずしも必要でないことがわかった。しかし、これらの根ではシロイヌナズナと異なり、オーキシンの輸送・分布が水分屈性にポジティブに働くことがわかった。これらの結果は、重力屈性の場合とは異なる、水分屈性に要する新規のオーキシン輸送経路の存在を示した。
これまでの本研究で、根の水分屈性を制御するいくつかの内的要因が明らかになってきたが、それらの関与の仕方は植物種によって異なることも明らかになってきた。今後は、それぞれの要因の作用様式・機構を解明すると同時に、植物種ごとにそれらのネットワーク機構に関するモデルを構築する必要がある。また、根の他の環境応答機構(たとえば重力屈性)との比較も必要である。それによって、新たな節水型の植物成長制御法が見いだされる可能性が大きい。そのような方針と方向性に立って、本研究を完成させるために、最終年度においては、とくにMIZ1機能を理解するためのリン酸化プロテオーム解析、伸長領域で機能する細胞内Ca2+動態の解析、H+-ATPase機能の解析を中心に行う。MIZ1と複合体を形成して水分屈性に機能することのわかったHSP90とNPH3、それにMIZ1/GNOMが水分屈性に機能する細胞群と光屈性の関係については、論文執筆を終えて国際誌に投稿する。尚、miz1抑圧突然変異体の変異原因遺伝子の同定と解析に関しては、さらに時間を要するので、次のプロジェクトにつなげるべく、解析を継続する。そのうえで、これまでの知見を総合的に整理し、植物種ごとの水分屈性制御モデルを作成して、その生態的・進化的意義を考える。
理由:研究成果を公表するための論文の英文校閲と投稿・掲載料については、一部、学内の研究支援によって支払うことができた。また、水分屈性を制御するMIZ1とABAの作用様式を理解するためのリン酸化プロテオームの解析は、必要なサンプル量の確保などの問題で予定よりも遅れており、これらの解析に計上していた予算は、次年度の使用にずれ込むことになった。使用計画:上記リン酸化プロテオーム解析を遂行するための予備実験を実施中で、準備ができたら解析を進めるために、その費用とする予定である。現在、これまでの研究成果を論文に執筆中で、その投稿・掲載料としても次年度そのまま使用する予定である。
すべて 2018 2017 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (6件) (うち国際共著 1件、 査読あり 4件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (7件) (うち招待講演 2件)
PLOS ONE
巻: 13 ページ: e0189827
10.1371/journal.pone.0189827
生体の科学
巻: 69 ページ: 162-167
Nature Plants
巻: 3 ページ: 17057
10.1038/nplants.2017.57
Journal of Experimental Botany
巻: 68 ページ: 3441-3456
10.1093/jxb/erx193
New Phytologist
巻: 215 ページ: 1476-1489
10.1111/nph.14689
Int. J. Microgravity Sci. Appl.
巻: 34 ページ: -
10.15011//jasma.34.340202