抗体医薬に代表されるバイオ医薬品は今世紀世界で最も成功した医薬品であるが、現在の培養細胞を用いた製造法は莫大な設備投資と高い管理費、多岐にわたる知財利用料を必要とすることから、これに代わる製造法の開発が必要である。遺伝子組換えニワトリを樹立し、卵白に組換え蛋白質を大量発現できれば安価なバイオ医薬品の生産技術になると期待され、我々はこのような「鶏卵バイオリアクター」技術の開発に取り組んでいる。これまでに、ヒト乳がん抗体医薬(トラスツズマブ)をモデルとして、卵白蛋白質オボムコイドの翻訳開始点に抗体重鎖および軽鎖遺伝子ノックインしたニワトリを作製し、この卵を得た上で解析を行い、卵白にヒト抗体が得られることを見出している。前年度に引き続き詳細な解析を行った結果、ノックインニワトリ由来卵の卵白中に安定的に発現するヒト抗体は約1mg/mlであることが明らかとなった。また、トラスツズマブの抗原であるHer2タンパク質を用いて組換えヒト抗体の抗原認識能を検討したところ、ほぼ全量の抗体が抗原認識能を有することを示唆する知見を得ている。鶏卵バイオリアクターの特性について理解を深めるために、ヒト抗体に加え既に樹立済のヒトインターフェロンβノックイン卵についてもレポーターアッセイによる生理活性の検討を行った。その結果、卵白に生産されたヒトインターフェロンβの5%程度に活性があること、グアニジンによる変性と化学シャペロンによる簡便な再構成により100%の活性を回復できることが明らかとなった。オボアルブミン遺伝子座への外来遺伝子ノックインにより、ヒトサイトカインや抗体を鶏卵内に大量に発現できること、卵白での性状は発現するタンパク質により異なることなどが示唆された。一連の研究により、鶏卵を用いた有用タンパク質の低コスト、大量生産実現に向けた極めて価値の高い知見が得られたと考えている。
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