本研究では、絶滅の危機に瀕している大阪府能勢町の地黄湿地に自生するトキソウを研究対象として、①トキソウの効率的な無菌播種法を確立し、自生する系統を保存するとともに、②トキソウのゲノムDNA由来のSSRマーカーを開発し、自生する個体群の遺伝的特性を評価し、その結果に基づいて地黄湿地に自生するトキソウの再生計画を立てることを目的とした。 トキソウの無菌播種法については、受粉から約60日後の未熟種子を1/2MS培地に播種し、4℃で4週間の低温処理をした後、25℃・16時間日長下で培養することで、高い発芽率が得られた。一方、トキソウのゲノムDNA由来のSSRマーカー開発を目的に、SSR濃縮ライブラリーを作成し、CA反復242個,GA反復202個のクローンの塩基配列を解析した。5反復以上のSSRを含むクローンは、CA反復で42個(17%),GA反復で76個(38%)となり、SSR含有率はGA反復が2倍以上高く、最終的に66のSSRマーカーを作出した。作出したSSRマーカーのうち信頼性の高い21マーカーを用いて、地黄湿地から採取した77サンプルの遺伝子型を解析した結果、採取したサンプルは55のジェネットで構成されていた。全ジェネットを遺伝的な類縁関係をもとに9のクラスターに区分したところ、多くの開花個体を観察した中流域の49サンプルは29のジェネットで構成され、1つのクラスターに含まれるジェネットが優占し、遺伝的多様性が低下していた。これに対して、下流域で採取した24サンプルは8クラスターから成る20のジェネットで構成され、遺伝的多様性が高いことが明らかとなった。以上の結果から、地黄湿地に自生するトキソウの遺伝的多様性を維持・向上するためには、下流域に自生する個体を無菌播種により増殖し、中流域等に再導入することが有効であると考えられた。
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