研究課題
抗体医薬やペプチド医薬の活性モチーフを、構造制御された短いペプチド様分子で代替することは重要な課題である。活性モチーフに高頻度で含まれるアミノ酸にプロリンがある。プロリンアミドはシス体とトランス体の平衡混合物となり、構造制御が困難である。本研究では、アミド平衡をつねに一方に固定したプロリン誘導体を開発し、ペプチドの配列中の近隣のα-アミノ酸におよぼす構造効果を調査することを目的とした。当教室で開発された非天然アミノ酸である架橋β-プロリンはその二環性骨格のため、主鎖構造が高度に制御される。今回、C末のカルボキシル基を持たない架橋β-プロリンモデル化合物(Abh)を用い、そのN末端側に様々な天然α-アミノ酸を連結したさいに得られる構造効果について検討を行った。ジペプチド合成のためのペプチド結合形成条件の検討を行った結果、かさ高い保護基を有する親水性アミノ酸とのカップリングにおける縮合条件を検討することで収率が改善した。合成した12種類のジペプチドは、各種溶媒中でいずれもシスアミド構造を選択的に取ることが分かった。次に、結合したα-アミノ酸の主鎖構造の解析を行った。一般的に、α-アミノ酸はα-ヘリックス構造、β-構造、ポリプロリンII構造など取りうるコンホメーションが複数有り、ペプチド中の残基のコンホメーション分布にはアミノ酸固有の性質と近傍の残基の効果の両方が関係する。合成した短鎖ペプチドについて、プロトンNMRの手法を用い主鎖二面角に関連するスピン結合定数の温度依存性を比較した。その結果、アラニンのC末端に架橋β-プロリンを結合させた短鎖ヘテロペプチドはアラニンのみからなるジペプチドよりも制限された、伸長したコンホメーション分布を取ることが示唆された。さらに、分子動力学計算により、ヘテロペプチドは取りうる構造空間がより制限されていることが示唆された。
2: おおむね順調に進展している
本年度は、複雑な分子のアミド結合の回転障壁を求めるための分光学的手法および、柔軟な構造を持つ短鎖ヘテロペプチドの溶液構造やそのダイナミクスを解析するための分子動力学計算の手法を新たに取り入れることができた。また、実績の概要に記した研究課題の他に、トランスアミド体を形成する二環性のプロリン型β-アミノ酸とアラニンを交互に縮合したヘテロオリゴペプチドの2量体から8量体までを合成し、その構造解析を行っている。このへテロオリゴペプチドは新規規則構造をとることが示唆され、天然のヘリックスやシート構造に見られる分子内・分子間水素結合は構造の安定化に寄与しない。そこでNMR分光法に加えて、新たに赤外分光法や分子動力学計算の手法を取り入れ、実験、理論の両面から溶液構造の解析やそのダイナミックスについて詳細に検討を行っている。次年度の論文化を目指す。また、架橋β-プロリンのオリゴマー誘導体が、がんに関係するタンパク質-タンパク質相互作用を阻害することを見出しつつあり、次年度はさらに化合物を合成して阻害活性を改善する予定である。上記より、当該年度の進捗状況については、概ね順調に進展していると考えた。
(1)環状ペプチドに対するプロリン型アミノ酸の構造化効果ターン構造はタンパク質(ペプチド)-タンパク質相互作用によく見られる重要な構造でああり、コンホメーションの平衡にあるペプチド活性構造としてターン構造をとることが報告されている。また、環状ペプチドは生物活性を持つ例も多く報告されているが、分子内水素結合の組み替えにより、複数のコンホメーションが存在する。本課題では、プロリン型の各種アミノ酸を導入した小環状ペプチドを合成し、コンホメーションが制限されるかを調べる。現在合成している二環性骨格以外の環状骨格を持つプロリン型アミノ酸についても構造予測を行う。合成に先立ち、導入する人工アミノ酸や導入位置およびアミノ酸配列を変化させて網羅的な分子動力学計算を行い環状ペプチドの構造とその安定性の予測を行う。また、膜透過性や、酵素切断に対する安定性を調べる。(2)タンパク質-タンパク質相互作用への応用活性および細胞毒性などを改善した化合物の合成を行う一方、ドッキングシミュレーションを行い結合位置や構造活性相関についての考察を行う。(3)側鎖架橋2量体のアミド平衡における側鎖長の効果二環性β-プロリン2量体の側鎖をアルキル鎖で架橋した化合物のアミド結合の構造特性について研究を行っている。この2量体は、架橋前はシスアミド体のみを取っているが、架橋するとアミドシス-トランス平衡が変化することを見出している。アルキル鎖が短くなるにつれ、トランスアミド体の割合が増加し、ある長さからはトランスアミド体が90%以上で一定になる。アミド平衡の変化と、アミドの回転障壁の関係を調べるために、交換NMR(NMR exchange spectroscopy, EXSY)の手法を用いて回転障壁を求める手法を確立しつつあるので、次年度はデータを全て集め、論文化を目指す。
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すべて 雑誌論文 (4件) (うち査読あり 4件) 学会発表 (11件) (うち招待講演 1件) 備考 (1件)
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