研究課題
アルファ―シヌクレインは天然変性蛋白質であり、生理的条件でもランダムコイル様に構造がほどけている。本研究では少し構造形成している残存構造がアミロイドやオリゴマーの構造形成につながるかを調べている。野生株を用いて主鎖のシグナル帰属を行い、化学シフト値をもとめて2次構造の量をdelta2Dで計算した。Nドメイン、NAC領域、Cドメインのそれぞれ両端の領域で、若干のベータ構造が観測された。ドメインの中では、NAC領域で最も多いベータ構造を観測した。家族性パーキンソン病に見られるA30PとA53Tのアルファーシヌクレイン変異体では、前者は野生株よりも遅く、後者は野生株よりも速く、アミロイド線維を作る(Conway et al, PNAS, 2000)。そこでNMRを用いて両変異体に特徴的な溶液中の残存構造を調べた。A30Pでは、アミノ酸変異をした領域で大きな化学シフト変化が観測された。一方A53Tでは、異核NOEとアミドプロトン交換の結果から、NドメインとCドメインにおいて、抑制された残存構造が存在し、両ドメインが相互作用する可能性が示された。この結果より、A30Pでは野生株よりも高いベータ構造の傾向が化学シフトから観測されたが、おそらくそれは非天然的構造であり、アミロイド線維形成に向かうベータ構造が形成されるのは、さらに後の段階と考えられた。一方A53Tは、Nドメインに存在するベータヘアピンになると考えられる領域の変異であり、この変異によってベータヘアピン領域の構造がさらに形成され、同時にCドメイン領域の構造も、より多く形成された。したがってA53T変異はこれらの部位の構造形成を助長し、アミロイド構造の形成を野生株より速くにすると結論した。さらにp17マトリックス蛋白質などの天然変性部位の揺らぎ構造と、はしかウイルス核蛋白質などの残存構造も調べ、蛋白質の揺らぎを考察した。
2: おおむね順調に進展している
アルファーシヌクレイン変異体のNMR解析により、アミロイド形成能と揺らぎ構造の関連を調べた。NMR解析には速い時間領域を調べる緩和実験とミリ秒オーダーのCLEANEX-PMを用いることにより行った。アミロイド形成能の上昇したA53Tと下降したA30Pの変異体の解析を行い、構造活性相関を論じることができた。つまりA30PとA53Tの影響をみたときに、化学シフト、異核NOE、アミドプロトン交換の結果が、両者間で異なる傾向をみせ、これらの変異体のアミロイド形成の際の性質と結びつけて考えることができた。今後はマイクロからミリ秒オーダーの遅い時間領域のR2緩和分散などの方法によって解析していく。さらにCドメインにおけるV118Aの変異体の緩和実験を現在実施中である。特にCドメインは残存構造が観測された部分なので、この変異によってその残存構造がなくなるかが興味深い。またクエンチフローの速度論的実験条件も、pH滴定と温度変化の予備実験NMRデータにより確認できた。はしかウイルス核蛋白質断片とペリフェリン2蛋白質C端ドメインに関しては、アルファーシヌクレインよりも残基数が少ないので、側鎖を含めたシグナル帰属を試みている。すなわち、この2つの蛋白質の場合には、残存構造の解析を残基の側鎖を含めて行うことを計画している。アミノ酸配列より約50%の割合で、生理的な条件下でも変性状態をとると予測されるHIV-1p17マトリックス蛋白質においても、E12Aという塩橋のスイッチのオフで、大きな動的構造の変化が観測された。おもしろいことにE12-H89塩橋がなくなると、逆に安定化したが、動的な化学交換が特定の領域で顕著に見られた。このようにαシヌクレインや他の天然変性度の高い蛋白質において、アミノ酸のポイント変異の影響を、残存構造などにおいて観測でき、今後は速度論的実験において観測していく。
1)アルファーシヌクレインの高度変性状態から残存構造状態への動的時分割解析を行うために、クエンチフローとストップドフローを用いた速度論的実験系の確立を計画している。当該年度は予備実験を行った。推進方策:今後の展望として速度論的な実験のために、多くのラベル体蛋白質を作成していくことが重要である。作成法を改良するのがよいかもしれない。また野生株に比べて、A53Tの方が残存構造を多く持っていることがアミドプロトン交換と異核NOEの結果からわかった。変性状態から残存構造状態への動的構造変化を観測する際に、A53Tを用いた方がはっきりとした結果が得られるかもしれないことが判明し、有益な情報といえる。2)当該年度は平衡条件下でのNMR緩和実験において、線維形成に関連する可能性がある揺らぎ運動を明らかした。その解析を基礎実験として、本年度はNMRチューブ内での線維形成反応の速度論的リアルタイム解析を計画している。しかし予備実験では、線維形成における核形成の部分を、なかなか時間的にコントロールできなかった。推進方策:今後はさらに、分子構造を安定化や不安定化することを目的として、アミロイド形成に関与する特に核形成に関連する構造を、アミノ酸変異や薬剤との相互作用を用いてコントロールして、速度論的構造変化を解析していく。3)局所的に天然変性部位を持つ蛋白質の残存構造を観測する。天然変性が分子全体で観測される場合との相違を解析する。推進方策:HIV-1p17マトリックス蛋白質やp24カプシド蛋白質などは局所的に天然変性度が高く、想定される大きな構造変化とともに、結果として多量体を形成する。それらの蛋白質を用いて、天然変性部位の残存構造を観測していく。特にp17ではpH3.5以下にpHを下げると、変性状態になることがわかっており、残存構造も存在していると思われる。
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