前年度までの研究により、細胞内Cl-が細胞遊走能の制御に関わっているcSrcの活性化に影響することが明らかになった。cSrcは自己リン酸化部位であるpY416のリン酸化によって活性化されることが知られているが、細胞内Cl-が低下すると、pY416のリン酸化レベルは有意に減少していた。また、cSrcの細胞増殖に対するシグナルカスケードの下流分子であるSTAT-3のリン酸化は有意に減少していた。従って、細胞内Cl-はcSrcの活性を制御し、Srcシグナルカスケードを介して細胞増殖、細胞接着や細胞運動に影響を与えている可能性が強く示唆された。 平成30年度は、前年度までの結果をふまえ「癌細胞のクロライドシフト」形成に必須と考えられるイオン輸送体であるanion exchanger(AE)と細胞内の重炭酸イオン(HCO3-)濃度の維持に必要な酵素である炭酸脱水酵素(CA)の役割について明らかにすることを目標とした。そこで、AE(I)とCA(Ⅰ~Ⅲ)をコードする遺伝子配列にCRISPR-CAS9法を用いて変異を加え、それらが機能しない変異HT-29細胞の作製を目指した。また、二酸化炭素分圧(pCO2)が細胞内Cl-に与える影響について検討を行うため、クリーンベンチとCO2インキュベーターを新規購入し、5%CO2分圧以外の新たな実験環境を構築することが可能となった。また、細胞の代謝活性を亢進させることで、細胞内のCO2発生量を上昇させた際に細胞内Cl-濃度が変化するか確認するという新たな評価方法についての検討も行った。
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