研究課題/領域番号 |
16K08520
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研究機関 | 千葉大学 |
研究代表者 |
三木 隆司 千葉大学, 大学院医学研究院, 教授 (50302568)
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研究分担者 |
李 恩瑛 千葉大学, 大学院医学研究院, 助教 (60583424)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 糖尿病 / 膵β細胞 / 再生医学 / インスリン |
研究実績の概要 |
糖尿病は慢性の高血糖を本態とする代謝疾患であるが、その発症機序として膵島量の減少の重要性が明らかになっている。一方、健常人では膵β細胞がゆっくりと細胞死と細胞増殖を繰り返しながら、生涯に渡り膵島量が一定に保たれている。従って、生体では膵島量を感知しその変動に応じて膵島の増殖や生存を調節していると考えられる。我々は膵β細胞特異的に細胞死を誘導するとその後に一過性の膵β細胞増殖が誘導されることを見いだした。今年度は、この応答をより定量的に解析する目的で、レーザーキャプチャーダイセクション法による膵島の回収をおこない、再生過程にある膵島での各種遺伝子発現の変化を観察した。その結果、細胞死誘導後の血糖値と膵島内インスリンの発現量に逆相関があることや、細胞死誘導後は著明な高血糖がなくとも明らかな膵β細胞の増殖誘導が起こることを見いだした。このことから膵島量の変化と膵β細胞増殖がリンクしていることが示されたが、細胞増殖は血糖値以外の因子により誘導されている可能性が考えられた。また、我々は膵β細胞に細胞死を誘導する実験とは全く逆に、人為的に過剰な膵β細胞をマウスに移植する実験を行った。すなわち、膵β細胞の腫瘍細胞株であるMIN6細胞を野生型マウスに移植し、MIN6細胞増殖に伴う低血糖が誘導させ、内因性の膵β細胞の変化を観察した。その結果、低血糖状態では膵β細胞に高頻度のアポトーシスが誘発されており、アポトーシスが低血糖と局所のインスリンシグナルの減弱の両者により惹起されていることを見いだした。これらの結果から、膵β細胞は細胞を取り囲む細胞外のグルコース濃度やインスリン濃度によりインスリンの需要量を感知し、細胞の生存や死を調節することにより膵島量が動的に制御されていることを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
我々は、膵β細胞特異的に細胞死を誘導する実験系を用いて膵β細胞の生死を規定している因子および増殖を誘導する因子を解析している。当初の計画に沿って、免疫染色によるシグナル制御機構の解明を進め、平成29年度には再生に関わる複数のシグナル分子が膵島再生中に発現誘導されることを見いだした。また、これらの研究と並行して、我々は膵島再生中の遺伝子発現変化を定量的に評価するために、レーザーキャプチャーダイセクション法による膵島回収の実験系を立ち上げた。膵臓には極めて多くのRNA分解酵素が存在するため、遺伝子発現の定量解析に応用可能な質と量のRNAを回収するために様々なプロトコールの修正を行い、漸く安定して遺伝子発現の定量解析を行う実験系を確立し、現在再生中の膵島を用いて解析を進めている。また、膵島量の動的な制御機構を解明する目的でマウスに対しMIN6細胞の移植実験を行い、膵β細胞の生死の制御機構を解明し、糖尿病領域の学術論文(Kitamoto et al. Metabolism, 2018)として成果を発信することができた。以上の様に、実験計画はほぼ予定通り進めることができていると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度には、膵β細胞死誘導後の膵島再生を解析ツールとして、再生中に発現が誘導される遺伝子の発現変化を定量PCR法を用いて解析する。この実験では上記の通り、レーザーキャプチャーダイセクション法で回収した膵島を用いて解析する予定である。特に、膵β細胞の系統発生に必須の役割を果たすことが報告されている転写因子群については、経時的・定量的な発現解析を行い、膵島再生を引き起こす分子シグナルの解明を目指す。 また、細胞分裂した細胞を細胞工学的にマーキングし、高い分化能・増殖能を有する細胞を同定し、どのような機構を介して増殖や分化を開始するのかを解析する予定である。我々は既に同程度の膵島量の減少を誘導した場合でも、再生誘導の方法が異なっていると、全く異なる様式で膵再生が誘導されることを見いだしている。そこで、この異なる2種類の再生過程で発現に差がある遺伝子を探索し、膵島再生における役割を解析する。 膵島量の維持に寄与する膵β細胞の生死の制御機構についても、MIN6細胞移植マウスの実験系を用いてさらに詳細な解析を加える予定である。これらの解析により、膵島における膵島量感知機構と細胞の生存と死の制御機構の間を結ぶシグナルの解析を行う。 これらの実験の成果に基づき、膵島再生による糖尿病治療の確立に不可欠な学術基盤を構築することを目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究では膵島再生を担う膵β細胞の増殖・分化の分子機構を解明することを目指している。この実験の過程で、遺伝子発現変化をより正確に定量評価することが必要であることが明らかになった。すなわち、コラゲナーゼ法による膵島単離による解析試料の回収法では、障害が少ない膵島が選択的に回収されるという大きな問題が生ずることが判明したため、我々は今年度レーザーキャプチャーマイクロダイセクション法を膵島に応用する実験系を立ち上げた。しかしながら、この手法で用いる組織回収用のスライド、フィルム、RNA抽出キット等は高価であるため、実験系を最適化してから実験を行うこととなった。その結果、解析が本格化する最終年度に少しでも研究費を残しておくことが必要となり、予算を可能な限り切り詰めた結果、次年使用額が生じた。
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