研究実績の概要 |
がん細胞における接着斑(focal adhesion)は、細胞運動や浸潤転移において基盤となる構造である。その形成と成熟はがんの病態に大きな影響をもたらす。私は、リン脂質代謝による細胞接着斑形成への影響について検討を行った。その結果、ゴルジ体のホスファチジル‐4‐リン酸(PI(4)P)の代謝を司る、PI4KIIIβおよびSAC1が細胞表面へのCD44の輸送および、その発現を抑制することによって、乳がん細胞の運動および浸潤を制御していることを明らかにした(Ijuin, Takeuchi et al. Cancer Sci. 2016)。さらに、接着斑においてホスファチジルイノシトール3リン酸(PIP3)からホスファチジルイノシトール‐3,4‐2リン酸(PI(3,4)P2)を産生するSHIP2が接着斑の形成・成熟を抑制して、細胞運動を促進していることを明らかにした(Fukumoto, Ijuin, and Takenawa Cancer Sci. 2017)。これはPI(3,4)P2に依存してLamellipodin-Paxillinの経路が活性化することによると考えられる。これらの結果はいずれもホスホイノシチドによる新しいがん細胞の病型および浸潤転移の制御機構であり、がん細胞におけるホスホイノシチド量およびその代謝酵素活性が、病型や転移能を決定する大きな因子であることを示唆している。さらにPI(4)Pに関しては細胞運動への関与は初めての報告である。
|
今後の研究の推進方策 |
本結果からPI(4)PやPI(3,4)P2ががん細胞の病型を変えることが明らかとなった。 従って、これらのホスホイノシチド代謝を司る酵素が、小胞体ストレス応答を調節している可能性が考えられる。今後はPI4KIIIβ, SAC1, PIP3 5-ホスファターゼ分子に対象を絞り、これらの酵素の欠損がん細胞における小胞体ストレス応答の強さを検討し、その分子メカニズムについて詳細な解析を行う。
|