前年度までに、代表研究者は生体から任意の時期に老化細胞を特異的に排除可能な遺伝子改変マウスを作製し、このマウスを利用して肺組織の加齢性変化(老化)が少なくとも部分的に肺組織内に加齢とともに蓄積する老化細胞に起因し、老化細胞を排除することにより老齢個体で呼吸機能を回復可能であることを報告した。 老化は、様々な疾患のリスク因子となる。肺組織においても同様に、加齢により様々な呼吸器疾患の罹患率が上昇する。本研究では前年度から、代表的な呼吸器疾患である肺気腫モデルを作製し、細胞老化が病態の進行にどの様な役割を持つのかについて解析を行った。本研究ではマウスに肺気腫を誘導する系として、エラスターゼ吸入による肺気腫モデルを利用した。エラスターゼを吸入させると3週間以内に、広範囲に及ぶ肺胞壁の崩壊による重篤な肺気腫が誘導された。しかしながら予め老化細胞を排除したマウス群においては、肺胞壁の崩壊は抑制された。呼吸機能検査により肺組織コンプライアンス値を測定した結果、肺気腫誘導群では顕著なコンプライアンス値の上昇が認められたが、老化細胞を排除した群では、エラスターゼ吸入によるコンプライアンス値の上昇は見られなかった。肺気腫の誘導には、肺組織内の炎症が不可欠であることが先行研究により示されている。そこでエラスターゼ吸入後に一過的に生じる肺胞の炎症性細胞の動態変化に、老化細胞の排除が与える影響について調べた。エラスターゼ吸入一週間後には、肺胞内においてマクロファージを主とする炎症性細胞の顕著な増加が見られたが、老化細胞を排除した群では炎症性細胞の増加は部分的に抑制されていた。これらの結果から、老化細胞は肺気腫を増悪化させる因子であることが強く示唆された。さらに、senolytic薬の投与によっても同様の効果が見られたことから、肺気腫の治療において老化細胞が有効な標的になることが示唆された。
|