研究課題
細胞間競合とは、免疫細胞を介さない同種細胞同士の細胞排除機構で、適応度の高い細胞が生き残り、低い細胞が組織から排除される細胞間コミュニケーション制御機構である。細胞間コミュニケーションの研究はショウジョウバエを用いた研究が先行しているが、近年哺乳類培養細胞を用いた実験でも細胞間競合現象が生じることが示された。しかし、哺乳類の細胞間競合に関与する遺伝子群や、生体内における生理学的意義についてはほとんど分かっていない。ショウジョウバエにおいてはHippo経路によって負に制御される転写共役因子Ykiが活性化した細胞は、競合の「勝者」となることが示されているが、YAP1/TAZ(Ykiの哺乳類ホモログ)の細胞競合における役割は不明である。本研究では哺乳類YAP1/TAZによる細胞間コミュニケーションとその破綻病態の解析を目的としている。平成28年度は哺乳類YAP1による細胞間競合現象とその生理的役割を解析するため、YAP1によるin vitro細胞間競合可視化モデルの作製を行った。薬剤添加によって 活性型YAP1が発現誘導されるケラチノサイト細胞株やイヌ腎臓細胞株を樹立し、野生型細胞とYAP1活性化細胞を共培養して、単培養時と比較したところ、予想に反してYAP1活性化細胞は哺乳類培養細胞株では「敗者」となった。また、in vivo細胞間競合可視化モデルの作製を試みた。YAP1活性化あるいは野生型マウスの皮膚片をそれぞれ野生型マウスに移植することによって、あるいはYAP1/TAZ活性化マウスに移植して、移植後経時的変化をみたところ、YAP1活性化皮膚片を野生型マウスに移植した場合に移植片のサイズの縮小が観察された。この現象が生体での細胞間競合現象と考えられるかどうかの検証が必要だが、哺乳類における細胞間コミュニケーションという新しい生物学的コンセプトの理解につながることが期待される。
2: おおむね順調に進展している
平成28年度は哺乳類YAP1/TAZによる細胞間競合現象とその生理的役割を解析するため、YAP1/TAZによるin vitro及びin vivo細胞間競合現象の可視化モデルの作製・解析を試み、以下の成果を得た。1) YAP1/TAZによるin vitro細胞間競合可視化モデルの作製・解析:ドキシサイクリン添加によって 活性型YAP1が発現誘導されるケラチノサイト細胞株(PAM)やイヌ腎臓細胞株(MDCK)を樹立した。いずれの細胞株も通常細胞培養条件下で野生型細胞とYAP1活性化細胞を共培養すると、YAP1活性化細胞が突出し細胞増殖が抑制され「敗者」となることを見いだした。またこの排除には、積極的な細胞死の誘導などは観察されなかった。2) YAP1/TAZによるin vivo細胞間競合可視化モデルの作製・解析: 蛍光タンパク質を発現するトランスジェニックマウスのバックグランドのYAP1/TAZ活性化(Mob1欠損)あるいは野生型マウスからの皮膚片をそれぞれ野生型マウスに移植することによって、あるいはYAP1/TAZ活性化(Mob1欠損)マウスに移植することで可視化モデルの樹立を試みた。皮膚片は生着後薬剤誘導性にMob1を欠損させことでYAP1(TAZ)活性化できる。野生型マウスに移植したYAP1活性化皮膚片でが移植片の縮小を認めたが野生型―野生型、YAP1活性化―YAP1活性化では見られなかった。これらのことから、哺乳類YAP1/TAZ活性化はショウジョウバエと異なり、活性化すると細胞競合現象の「敗者」になる可能性が高いことを示唆した。
平成29年度は哺乳類細胞株において、YAP1活性化細胞が排除される機構を明らかにするため、ライブラリースクリーニングによるYAP1/TAZを介する細胞間競合関連分子の同定を行う。1) siRNAライブラリースクリーニングによるYAP1/TAZ制御細胞膜表面分子の同定:所属研究室が独自に開発したYAP1/TAZ特異的高感度転写活性レポーター系と、siRNAライブラリーを用いることによって、YAP1/TAZによる転写活性が抑制される分子群と促進させる分子群を網羅的にスクリーニングする。2) YAP1/TAZ下流で細胞競合を引き起こす最終標的の同定:YAP1/TAZ活性化細胞と正常細胞との細胞競合時のみに、遺伝子発現変化のある分子を、マイクロアレイ・質量分析器による絶対定量やリン酸化プロテオーム解析により網羅的に同定する。3) YAP1/TAZによるin vivo細胞間競合可視化モデルの作製・解析:皮膚移植モデルで見られた現象が細胞間競合現象であるか検証を行うともに、他のモデルを模索する。また骨髄細胞、がん細胞などを野生型レシピエントマウスに戻すことによる、野生型とYAP1/TAZ変異細胞間で細胞間競合現象の有無や移植効率や腫瘍進展変化などと相関するのかをも検証する。
所属研究室の移動に伴い、申請者自身も5月より神戸大学に異動したが平成28年度の大半は前所属研究室(九州大学)に出向していたために次年度使用額が生じた。
平成29年度の研究実施計画ではsiRNAライブラリースクリーニングやマイクロアレイ解析、質量分析器による絶対定量やリン酸化プロテオーム解析を予定しており、これらの解析の実施およびそのデータ解析と検証に多くの予算を必要とするため、次年度使用額はこれらの解析に用いることを予定としている。
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ONCOLOGY
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ONCOGENE
10.1038/onc.2017.58.
SCIENTIFIC REPORTS
10.1038/srep22991