研究課題
長い間、一次繊毛(primary cilia; non-motile cilia)は、運動性繊毛(motile cilia)と違い機能を持たない単なる遺残物として見なされてきたが、近年、この一次繊毛が多様な機能を持ち、一次繊毛の欠失や機能異常により嚢胞性腎疾患をはじめ網膜萎縮、肝線維症、多指症、肥満、中枢神経系異常や骨格形成異常などの遺伝性疾患(繊毛病; ciliopathy)が引き起こされることが分かってきた。繊毛病のうち最も多い症例として、多発性嚢胞腎疾患が挙げられる。この疾患の腎臓尿細管上皮細胞は、平面内細胞極性(planar cell polarity, PCP)が破綻しており、そのため細胞分裂方向(軸)が異常になる。分裂軸異常により、おおよそ尿の流れと垂直方向に分裂が進行し、尿細管が拡張し嚢胞を形成する。その結果、正常な尿の流れが阻害され、重篤な腎疾患をもたらす。PCP破綻の原因として、尿細管細胞表面に存在する一次繊毛の構造的・機能的異常が指摘されているが、未だその分子メカニズムについては不明である。本研究は、腫瘍や癌組織で高い活性が維持されているセリンスレオニンキナーゼAktによる繊毛タンパクInversinを介した一次繊毛制御機構の存在を証明するプロジェクトである。一次繊毛におけるAkt-Inversinシグナル伝達の重要性が明らかとなれば、細胞極性制御および疾患分子メカニズム解明に繋がり、更には繊毛病だけでなくAktが関与する癌、糖尿病、心臓病などの様々な疾病に対してこれまでにない治療法に向けた新しいドラッグデザイン方法の開発の可能性が切り開かれ、保健医療への貢献が期待できる。
1: 当初の計画以上に進展している
申請者は、Yeast Two Hybridシステムを用いた包括的なスクリーニング法により、Akt特異的に結合する繊毛タンパクInversinを同定した。Inversinは新規Aktリン酸化基質であり、そのリン酸化サイトはアミノ酸配列Thr-Ser-Thr(864-866)であることが分かった。またそのリン酸化がイヌ腎臓(MDCK)細胞の分裂軸の傾き決定および、正しい細胞配向を伴った腎尿細管の三次元構築に必須であることが明らかとなった。Inversin 遺伝子の欠失マウスの表現型は、繊毛病(嚢胞腎や内蔵逆位など)の原因遺伝子として認知されてはいたが、その疾病の分子メカニズムは明らかになっていなかった。本研究で初めて、AktからInversinへのリン酸化シグナル伝達が、Inversin遺伝子欠失によって疾病に至る機序を説明できる重要な分子制御機構である事実を解明できた。
申請者のこれまでの解析からヒトInversinのAktによるリン酸化サイトはアミノ酸配列Thr-Ser-Thr(864-866)であることが分かった。しかしながら、この配列はヒトやチンパンジーを始めとする霊長類、およびウシやイヌなどの進化上比較的霊長類との分岐が新しい種属には保存されているが、マウスやカエル、ゼブラフィッシュなどの動物群には欠如していることが明らかとなった。本研究では、今後の研究期間内に1)各動物種由来のInversinの Aktリン酸化は別のリン酸化サイトとして保存されているのか、もしリン酸化されているならば、その修飾が引き金となる生命現象の変化やその重要性は何かを詳細に検討したい。2)PCP制御、および繊毛病責任遺伝子産物としてのInversinのリン酸化修飾による生物機能制御メカニズムをモデル動物を用いて明らかにしたい。
すべて 2017 2016 その他
すべて 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 2件、 査読あり 5件、 オープンアクセス 2件、 謝辞記載あり 3件) 学会発表 (5件) (うち国際学会 1件) 備考 (2件)
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