研究課題/領域番号 |
16K08714
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研究機関 | 長崎大学 |
研究代表者 |
中島 正洋 長崎大学, 原爆後障害医療研究所, 教授 (50284683)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 甲状腺 / 放射線発がん / 発がんリスク / ゲノム不安定性 |
研究実績の概要 |
被爆者疫学研究では甲状腺がんを始めとする人体における発がん影響が明らかにされていて、福島原発事故後の被曝健康影響の議論がなされてきた。疫学的データでは集団を対象とした被曝影響のリスク比として表現され、個人への放射線影響の評価は曖昧となるため、生物学的エビデンスを基盤とする放射線影響リスク評価の方法論の確立が喫緊の課題となる。本研究では、放射線誘発甲状腺がんラットモデルにより、正常組織からがん発生までの遺伝子発現プロファイルを網羅的に解析し、個別の放射線影響リスク評価のための、腫瘍化段階特異的バイオマーカーを同定することを目的とした。昨年度までのラット放射線誘発甲状腺がんリスク亢進の分子刻印の網羅的探索で明らかになった、発現変化を示す放射線刻印候補分子について、droplet digital PCR (ddPCR)で検証を行った。 網羅的発現解析では、4Gy群において、被曝特異的に有意に発現量が変化する3329遺伝子が検出された。これらの遺伝子のPathway解析では、病理学的がん発症以前からDNA損傷応答・修復、細胞周期調節、細胞接着系に有意な変化を認めた。ddPCRでの発現量検証の結果、DNA損傷応答・修復系のATM、53BP1、XRCC4は両線量群で経時的に有意に低下を示し、腫瘍化段階特異的バイオマーカーの候補として示唆された。さらに細胞周期調節/細胞接着系のCTNNB1は両線量群で有意に低下、細胞周期調節系のCDKN1aは4Gy群で経時的に有意に上昇、細胞接着系のCLDN4は0.1Gy群で低下を示し、発がん前段階からの被曝影響に伴う分子病理学的異常として示唆される。 本研究により被曝甲状腺では前がん状態から段階的に分子異常が亢進し、発がんに至ることが明らかになった。これらのバイオマーカー候補の発現動態解析は、放射線影響を示す生物学的根拠となる可能性がある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究は、ラット放射線誘発甲状腺がんモデルを用いて、低線量から高線量影響を含め、発がん前から浸潤がんに至るDNA異常の蓄積とRNA発現を網羅的に解析し、発がん亢進の放射線刻印を明らかにすることを目的とする。 平成28年度の計画を順調に実施したことは既に報告した。現在までに、発がんモデルを確立し、試料から病理組織標本作製と核酸抽出を行い、被爆後甲状腺組織の経時的組織障害の解析とRNA発現の網羅的解析を実施している。その結果、甲状腺がん発生率は高線量、長期経過で高率で16ヶ月後0.1Gy群8.3%、4Gy群33.3%、病理組織学的には乳頭癌と低分化癌であり、腫瘍周囲濾胞上皮での細胞増殖能(MIB-1 index)は4Gy群で有意に高いが、アポトーシスや二重鎖切断の亢進は認めないことが判明した。RNA発現の網羅的解析は終了し、放射線刻印の候補遺伝子を見出し、本年度はその発現量をddPCRで検証し、発現量の変化が有意であることを確認した。 これは平成29年度以降の計画としている、「被爆後甲状腺組織の経時的トランスクリプトーム解析」と、「DNA損傷応答分子53BP1蛍光免疫染色核内フォーカス数による内因性DNA二重鎖切断の定量」を終了したことを意味する。「aCGH法による網羅的DNAコピー数異常解析」についても非がん組織について終了し、有意な変化が見られないことが判明した。以上の様に、当初の計画を順調に実施していて、放射線刻印の候補となる分子を同定した。
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今後の研究の推進方策 |
1.現在、ラット放射線誘発甲状腺がんモデルを別に1セット作製中で、試料からの核酸抽出をほぼ終了している。今後、同定した放射線刻印候補分子の発現量をパネルとして観察することで、放射線刻印の有用性を最終検証する。 2.非がん部組織でのDNAコピー数異常は網羅的aCGH解析では明らかにはならなかった。さらにがん組織における網羅的aCGH解析を行い、自然発症性の甲状腺がん組織との違いがあるかを解析する。非がん部組織については、特定の遺伝子に絞って全ゲノム解析を行い、経時的なins/delの量を定量する。 3.我々は若齢被ばく発がん亢進機構にはオートファジー関連分子の関与があることを見出している(Matsuu-Matsuyama M, et al, J Radiat Res 2015)。現在、オートファジー抑制剤(hydroxychloroquine)投与による甲状腺発がん実験を進行中で、in vivoでのオートファジーの抑制と若年被ばく甲状腺発がん感受性変化について明らかにする。
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