本研究では、放射線誘発甲状腺がんラットモデルにより、正常組織からがん発生までの遺伝子発現プロファイルを網羅的に解析し、個別の放射線影響リスク評価のための、腫瘍化段階特異的バイオマーカーを同定することを目的とする。ラット放射線誘発甲状腺がん組織とともに非腫瘍組織でも発現変化を示す分子を網羅的に探索した結果、照射群において特異的に有意に発現量が変化する3329遺伝子が検出された。これらの遺伝子のPathway解析では、病理学的がん発症以前からDNA損傷応答・修復、細胞周期調節、細胞接着系に有意な変化を認めた。候補分子についてdroplet digital PCR (ddPCR)で検証を行った結果、DNA損傷応答・修復系のATM、53BP1、XRCC4の低下、細胞周期調節/細胞接着系のCTNNB1の低下、細胞周期調節系のCDKN1aの上昇、細胞接着系のCLDN4の低下が有意であり、発がん前からの被曝影響に伴う分子病理学的異常として示唆された。 候補分子のスクリーニング結果から、統計学的に放射線刻印分子として有望であると考えられたCDKN1aとXRCC4について、判定基準値をCDKN1a≧11.7、XRCC4≦3.7と設定した。2分子の放射線被曝指標としての有用性を検証する目的で、4Gy局所照射後16ヶ月後のモデルを対照群とともに作製し、甲状腺抽出全RNAのランダム化試料による検証実験を行った。2分子の発現量をddPCRで3回ずつ測定し、その平均値から被曝群と対照群の判別を試みた。その結果、全19試料中CDKN1a上昇陽性は6例で、照合すると6例は全て被曝群であり、陽性適中率100%、陰性的中率69%で(感度60%、特異度100%)被曝を適中することのできるバイオマーカーとなる可能性がある。一方、XRCC4低下陽性は17例で観られ、指標としては不適であることが判明した。
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