研究課題/領域番号 |
16K08723
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研究機関 | 近畿大学 |
研究代表者 |
米重 あづさ 近畿大学, 医学部, 助教 (70586750)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 細胞傷害 / 神経変性 / 接着分子 |
研究実績の概要 |
Cell adhesion molecule 1 (CADM1)は肺胞上皮細胞や膵島β細胞、神経細胞に発現する免疫グロブリン様の細胞間接着分子である。これまでに研究代表者は、肺気腫や間質性肺炎の肺、2型糖尿病の膵臓ではCADM1の細胞膜上での酵素的切断(shedding)が亢進しており、CADM1の発現異常が肺胞上皮細胞や膵島β細胞の細胞死を誘導することを見出した。本研究は、糖尿病患者の腸管神経におけるCADM1発現と神経変性の実態を明らかにし、CADM1のshedding亢進及びshedding産物が神経変性を惹起するという仮説を検証することを目的とした。 研究開始当初は糖尿病患者の大腸癌手術検体を用いることを予定していたが、検体収集の過程で基準を満たす検体数が限られることが明らかになり、対象を腸管拡張大腸癌手術検体とすることにした。その結果、腸管の拡張率(肛門側断端内径に対する口側断端内径の比)の増大に伴ってアウエルバッハ神経叢の神経節細胞密度および筋層内神経線維密度が低下していることが分かり、腸管拡張大腸では腸内圧の上昇により腸管神経変性が起きていることが分かった。さらに、これらの検体においてCADM1の発現量を解析したところ、腸管の拡張率とCADM1のshedding率は正の相関を示した。逆にCADM1のshedding率と神経節細胞密度および神経線維密度は負の相関を示した。これらの結果は腸管神経変性においてもCADM1のshedding亢進が関わることを示唆している。一方で、機械的高圧に伴う神経変性は、緑内障や水頭症においても見られるが、その分子機構はほとんど明らかではない。本成果は機械的高圧による神経変性・細胞死誘導機構の解明という観点においても興味深い。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1.糖尿病患者の腸管神経系におけるCADM1の発現と神経変性の実態解明 研究代表者の所属機関において大腸癌手術検体のうち術前に糖尿病と診断された症例を収集したが、症例数が少なく、且つヘモグロビンA1c値の追跡が困難であることが判明した。その収集過程において大腸癌手術検体の中に担癌による通過障害が原因と考えられる拡張腸管(口側断端の内径が肛門側より広い腸管)が多く見られることが分かり、これらの検体を用いてCADM1の発現変化と神経変性との関連を調査できるのではないかと考えた。まず神経変性の実体を明らかにするために、免疫染色法により拡張大腸の口側断端筋層に存在するアウエルバッハ神経叢の神経節細胞密度および筋層内神経線維密度を測定し、腸管拡張率との相関解析を行ったところ負の相関が見られた。次に拡張大腸の口側断端筋層のウエスタンブロットを行い、腸管拡張率の上昇に伴ってCADM1のshedding率も上昇していることが判明し、shedding率と上記神経変性パラメータとは相関することを明らかにした。 2.機械的高圧によるCADM1のshedding亢進および神経変性惹起の検証 眼圧上昇による緑内障や頭蓋内圧上昇による水頭症のように、拡張腸管では腸内圧上昇という機械的圧力負荷により腸管神経変性が惹起されていると考えられた。そこで、水柱圧によって圧負荷を行う二層式の細胞培養装置を用いて、マウス後根神経節初代培養細胞に様々な水柱圧を負荷してCADM1の発現と神経細胞の形態変化を観察したところ、圧上昇に伴ってshedding亢進と神経線維上のCADM1とミトコンドリア分布の変化が起きていた。以上により機械的圧力負荷と神経変性との因果関係が明らかになった。
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今後の研究の推進方策 |
今年度の成果により、CADM1が高発現する神経細胞においても、肺気腫や間質性肺炎の肺・2型糖尿病の膵臓と同様に、拡張腸管神経系変性とCADM1のshedding亢進との関連を見出した。また、この現象は腸内圧上昇という機械的高圧負荷に起因することも明らかにした。CADM1は中枢神経系にも高発現しており、今後は中枢神経系における神経変性とCADM1発現異常との関連に着目して研究を推進していく。また、今回用いた水柱圧負荷細胞培養装置は研究代表者の所属研究室で独自に開発されたものであり、その有用性が今年度の成果により証明された。この培養装置を用いて、機械的高圧に伴う細胞死惹起の分子機構解明という挑戦的な課題にも着手していく予定である。 生体モデルとして緑内障モデルマウスおよび水頭症モデルマウスを用い、培養系では初代網膜神経節細胞または網膜組織、初代大脳神経細胞または脈絡叢上皮細胞を用いて水柱圧負荷実験モデルを構築する。具体的には、緑内障モデルの網膜、水頭症モデルの脳室周辺脳組織を採取し、CADM1の発現解析を行う。同時に対象組織のマイクロアレイを実施し、非圧負荷神経変性モデル(例えば正常圧緑内障・水頭症)との網羅的遺伝子発現比較を行うことにより、機械的高圧関連因子を抽出する。組織のマイクロアレイ比較が困難な場合は、水柱圧負荷装置を用いて神経細胞の正常圧と高圧培養下での発現比較を行って候補因子を探索する。さらに、培養細胞に対して正常圧から病的高圧までの圧力を負荷し、CADM1および候補因子の発現変化を解析する。CADM1および候補因子の発現異常を惹起し、細胞死誘導経路を解明する。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成28年度の物品費には、発現解析に必要なウェスタンブロット用試薬や抗体類、組織切片作製用消耗品や組織染色試薬等が含まれていたが、代表者の所属する研究室において既に所有する物品を使用したため、見積額を下回った。
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次年度使用額の使用計画 |
平成29年度の消耗品費には、細胞実験において必要なTUNEL法等のキット類、培養試薬や培養用消耗品、ライブイメージング試薬、アポトーシス関連抗体等が主に含まれる。また、細胞培養装置作成費やマイクロアレイ解析試薬、モデル動物購入維持費を追加計上する。
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