研究課題
少なくとも日本では、ほぼ全ての胃がんはcagA遺伝子を保有するcagA陽性ピロリ菌の慢性感染を背景として発症する。ピロリ菌の菌体内で産生されたCagAタンパク質は菌が保有するIV型分泌機構を介して胃上皮細胞内に注入された後、宿主細胞のキナーゼによりチロシンリン酸化される。CagAはチロシンリン酸化依存的にSHP2に結合し、そのホスファターゼ活性を異常活性化する結果、細胞増殖を脱制御する。先行研究から、ピロリ菌感染を基盤とする発がんにおいて、CagAのチロシンリン酸化依存的な生物活性が重要な役割を担うことが示されている。CagAの標的分子であるSHP2にはSHP1というホモログが存在するが、胃上皮細胞におけるSHP1の役割は不明であった。本研究では、CagAがSHP1にも結合することを見出し、SHP1がCagAのチロシン脱リン酸化を担うホスファターゼであることを明らかにした。胃がんの約10%は、cagA陽性ピロリ菌とEpstein-Barr (EB)ウイルスの共感染を背景として発症する。しかしながら、この2種類の発がん微生物の共存が胃がん発症に及ぼす影響は不明であった。EBウイルス陽性胃がんの特徴として、ゲノムDNAに高頻度かつ高度のメチル化が誘導されることが知られている。そこで本研究では、CagAの発がん活性に関連する分子に着目して、EBウイルス感染胃上皮細胞におけるメチル化解析を行った。その結果、SHP1をコードするPTPN6遺伝子のプロモーターが高度にメチル化されることを見出した。また、メチル化に伴い、mRNAならびにタンパク質レベルでもSHP1発現が低下することを確認した。さらに、EBウイルス感染細胞では、ピロリ菌CagAのチロシンリン酸化依存的な生物活性が増強することを明らかにした。
2: おおむね順調に進展している
申請者は先行研究において、ヒト胃上皮細胞由来のMKN7細胞にin vitroでEBウイルスを感染させると、SHP1をコードするPTPN6遺伝子のプロモーターがメチル化されることを見出していた。そこで本研究では、他の胃上皮細胞株におけるEBウイルス感染の効果を検討するため、MKN74細胞を用いてEBウイルス感染細胞株を樹立した。メチル化解析の結果、MKN7細胞と同様にMKN74細胞においても、EBウイルス感染によりPTPN6遺伝子のプロモーターがメチル化されることを明らかにした。また、メチル化に伴い、mRNAならびにタンパク質レベルでもSHP1の発現が低下することを確認した。SHP1はCagAのチロシン脱リン酸化を担うホスファターゼであることから、EBウイルス感染細胞においてCagAのチロシンリン酸化依存的な生物活性が増強することが期待された。CagAはチロシンリン酸化依存的にSHP2を脱制御する結果、hummingbird表現型と呼ばれる特徴的な細胞形態変化を誘導する。そこで、EBウイルス感染細胞ならびに非感染細胞にCagA発現ベクターを導入し、CagAによるhummingbird表現型の誘導を解析した。その結果、EBウイルス感染細胞では、CagAのhummingbird表現型の誘導能が有意に増強することが明らかになった。さらに、cagA陽性ピロリ菌の感染実験においても、EBウイルス感染細胞ではcagA陽性ピロリ菌によるhummingbird表現型の誘導効率が上昇した。従って、EBウイルスの共感染によりピロリ菌CagAの発がん活性が増強されることを明らかにした。以上の進捗状況から、研究実施計画通りに順調に研究が進展していると判断される。
本研究では、胃がん抑制ホスファターゼSHP1を介して、cagA陽性ピロリ菌とEBウイルスが連携して細胞がん化を促進する分子機構を明らかにしてきた。発がん細菌と発がんウイルスの協調作用は世界で初めての知見であり、学術的な意義のみならず臨床的な意義も極めて大きいと考えられる。しかしながら、本研究成果は、ヒト胃上皮細胞由来の細胞株を用いたin vitro実験系で得られた研究結果に基づく。そこで、今後の研究期間において、本研究成果の臨床的性を検討する。具体的には、胃がん患者から摘出された組織におけるEBウイルス感染とSHP1遺伝子のメチル化・発現レベルの関連性を解析する。加えて、EBウイルスとcagA陽性ピロリ菌の共感染組織におけるSHP1発現を解析する。
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Cancer Science
巻: 108 ページ: 931-940
10.1111/cas.13211