研究課題
胃ガンや胃潰瘍の原因菌であるピロリ菌が産生するvacuolation cytotoxin A (VacA)はこれまでの研究により本菌の主要病原因子の1つであると認識されているが、ピロリ菌が示すヒトに対する病態におけるVacAの役割については不明な部分が多い。そこで、本研究ではVacAのピロリ菌感染における新たな役割を見出すことを目的として研究を行った。はじめに、ピロリ菌より精製したVacAを培養細胞であるAZ-521細胞に投与した際の細胞内シグナル伝達機構への影響について検証したところ、VacAの投与によりc-Srcのリン酸化を誘導することを発見した。そこで、この現象に関与する分子メカニズムについて解析するために宿主細胞上のVacA受容体の役割についてsiRNAによるタンパク質の発現抑制を行った培養細胞を用いて解析を行った。その結果、VacAによるc-Srcのリン酸化はVacA受容体であるRPTPalpha依存的な現象であることを認めた。c-Srcのリン酸化はピロリ菌の発ガン因子であるCagAのリン酸化に必須であるので、VacAとCagAリン酸化との関係性について遺伝子破壊ピロリ菌を用いたAZ-521細胞に対する感染実験と免疫沈降により検討を行った。vacA遺伝子破壊ピロリ菌を感染させたAZ-521細胞では野生株と比較して顕著なCagAのリン酸化量の減少が認められ、同時にリン酸化CagAと特異的に結合することが知られているSHP2フォスファターゼもvacA遺伝子破壊ピロリ菌感染細胞では顕著な減少が認められた。さらに、vacA遺伝子破壊ピロリ菌感染時に精製VacAを添加することで感染細胞内おけるCagAのリン酸化が上昇することが認められた。これらの結果より、AZ-521細胞においてVacAがピロリ菌の発がん性因子CagAのリン酸化に関与することが明らかとなった。
2: おおむね順調に進展している
平成28年度にピロリ菌より精製したVacAを用いて培養細胞における細胞内シグナル伝達機構への影響について検討し、特にCagAの宿主細胞内おける機能発現に関与する因子であるc-Srcに対するリン酸化に対する作用機序について検証することを目的としたが、Western blottingなどの解析によりVacAによるc-Srcのリン酸化する経路としてVacA受容体であるRPTPalpha依存的な現象であることを見出した。この結果は、これまでVacA受容体として十分に解析が行われていなかったRPTPalphaの新規機能を示すものであると考えている。また同時に、遺伝子破壊ピロリ菌を用いた感染実験においてVacAとCagAの関係性、特にCagAのリン酸化について解析を行ったところ、AZ-521細胞においてCagAのリン酸化にVacAが関与する可能性を示唆する結果を得ることができた。このように、本年度に行うことを予定していた部分については十分な成果を得ることができた考えている。さらに、次年度である平成29年度に実施することを予定していた感染実験における精製VacAを相補することでCagAのリン酸化への直接的な影響についても解析を遂行することができ、この点については想定よりも進展した部分であるといえる。ただし、VacAによるc-Srcのリン酸化についての詳細な作用メカニズムについて各種阻害等を用いることで検証を行ったが、残念ながらはっきりとした結果を得ることができず、次年度以降にその原因を検討することが課題の一つとなっている。また、使用した培養細胞によってもVacAによるCagAのリン酸化に対する効果に違いが認められたが、現時点ではその理由は不明である。
当初の研究計画よりも順調に本研究を推進することができたので、平成29年度では研究計画を前倒しで実施することを予定している。特に、平成28年度では培養細胞等を用いたin vitroでの解析を中心に行ったので、本年度ではマウス等の実験動物を用いたin vivo系での解析を、特にRPTPalphaとVacA依存性CagAのリン酸化との関連性について、推進したいと考えている。in vitro系のみの解析ではピロリ菌感染におけるVacAの役割を解析するには不十分であり、それを補う意味でも実験動物を用いた解析を行うことを予定している。さらに、平成29-30年度にかけて、ヒトの胃上皮細胞や胃の組織の機能を反映していると考えられ、胃上皮細胞などの組織を用いて作製するオルガノイドについて、その作製や使用の可能性について検討することも視野に入れる。また、VacAによるCagAのリン酸化に関与する因子や詳細や作用メカニズムについては十分な検証が行うことができていないので、培養細胞を用いたピロリ菌の感染実験やcagA遺伝子をクローン化したプラスミドを導入した培養細胞などを用いることで解析をする予定である。さらに、VacAによるCagAのリン酸化に対する効果については使用する胃上皮由来の培養細胞の種類によって違いが認められることを発見している。これを詳細に解析することで宿主細胞内でのCagAのリン酸化の作用メカニズムが明らかにすることが期待できるものと考えている。特に、VacA受容体でVacA依存性CagAのリン酸化に関与することが示唆されているRPTPalphaについて細胞外領域の各培養細胞における糖鎖修飾の違いについて解析することを予定している。
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日本ヘリコバクター学会誌
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Disease models & mechanisms
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10.1242/dmm.025361