研究課題/領域番号 |
16K08787
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研究機関 | 杏林大学 |
研究代表者 |
神谷 茂 杏林大学, 医学部, 教授 (10177587)
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研究分担者 |
花輪 智子 杏林大学, 医学部, 准教授 (80255405)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | ppGpp / spoT / 緊縮応答 / 運動能 / ストレス感受性 / 臨床分離株 |
研究実績の概要 |
緊縮応答は栄養飢餓に対する応答であり殆ど全ての細菌が保有する系である。栄養枯渇を感知した細菌細胞は、ppGppが細胞内に蓄積することで遺伝子発現に変化が生じ、増殖の停滞、ストレス感受性の低下など、代謝を調節することで適応する。またppGppは、二次代謝産物の合成や病原細菌における病原性発現にも関与していることが報告されている。そこで当該課題では、ヘリコバクター・ピロリのppGpp合成と分解を担うspoT欠損変異株を用いて、そのストレス感受性、バイオフィルム形成などを解析する。 ヘリコバクター・ピロリ臨床分離株は株間でバイオフィルム形成能の違いが大きいことから形成能の異なる3株を用いてspoT欠損変異株を作成して検討を行った。その結果、全ての株でspoT欠損によりストレス感受性は亢進した。一方spoT欠損によりバイオフィルム形成については、高バイオフィルム形成株であるTK1402株の形成能は低下したが、低バイオフィルム形成株であるTK1049およびKR2003株では有意差が見られなかった。バイオフィルムの形態を走査型電子顕微鏡で観察したところ、TK1402株spoT欠損株に多くの鞭毛様構造が存在していた。運動能を比較した結果、TK1402株ではspoT欠損により顕著に亢進したのに対してKR2003株の運動能は消失した。また、今回用いた系ではTK1049株に運動性はみられなかった。 これまでTK1402株はスナネズミに定着する感染モデルとしてしばしば使用されているため、これを用いてspoT欠損による定着性の変化を調べたところ、親株も変異株も定着しなかったため比較することができなかった。血清中抗体価については、野生株感染群6匹中1匹で低濃度の抗体が検出され、変異株感染群では6匹中2株で抗体が検出された。さらに1匹は高い抗体価を示したものの変異によるものと断定できなかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
緊縮応答のセカンドメッセンジャーであるppGppの合成酵素SpoTの遺伝子の欠損は、細菌の遺伝子発現パターンは大きく変化させる。緊縮応答は菌の恒常性を維持し、栄養飢餓などの環境の変化に対応する機構であることから、spoT欠損によりストレス感受性の亢進が共通した表現形として観察される。本課題使用している臨床分離株3株についてもspoT欠損変異により過酸化物感受性、酸性環境に対する生残性の低下など、感受性亢進がみられた。一方、運動能についてはspoT欠損によりTK1402株では亢進し、KR2003株では低下した。またTK1049株は今回用いた条件で運動能が確認されなかった。 臨床分離株は菌株による表現形の違いが大きいことが知られている。これらの違いは多くの機構によるものであるが、その一つとしてそれぞれの宿主内の環境が異なり、必要とされる環境の違いがその形質の違いを形作っている可能性が考えられる。本課題で用いているピロリ菌は宿主に定着している期間は長く、数年から数十年に渡る。この間、菌は種々の病原因子により宿主免疫機構から逃れて生息しているが、一方で水平伝達等により菌の遺伝的変化がこの定着を可能にしている可能性も考えられる。 今回検討した2つの臨床分離株のspoT欠損株は異なる表現形を示した。この結果より、これらの臨床分離株中での鞭毛遺伝子の発現もしくは鞭毛の形成機構が異なっている可能性を見出したので、平成30年度にはこれについて検討を行う。 また、spoT変異によるスナネズミの定着における影響を検討したところ、これまでの報告と同じ生菌数を用いても野生株が定着しなかった。しかしながら血清抗体価がspoT欠損株で高値である傾向を見出したことから免疫抑制に関わる病原因子の発現にspoTが重要あるという仮説を立て、平成30年度にこれを検討する。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度には親株であるTK1402株およびそのspoT欠損株を用いてスナネズミへの定着性を検討した。その結果、親株をこれまで報告されている菌数を経口投与しても定着が確認されなかったため、spoT欠損により定着性に影響が出ていることは判定できなかった。このことから、以降in vivoにおける検討が困難であると判断し、in vitroおよび培養細胞を用いたex vivoなどの系により緊縮応答の病原性発現における解析を行う。 これまでヘリコバクター・ピロリのspoT欠損によりストレス感受性が亢進することが明らかとなっている。その一方で菌株により運動性への影響が異なっていることが明らかとなっている。ppGppが恒常性維持に重要な役割を担っており、細菌の増殖期に伴う生理的機能の移行を制御していることから、鞭毛の発現制御様式が菌株間で異なっている可能性が考えられる。そこで種々の増殖期および培養条件の菌における鞭毛遺伝子の転写物量およびタンパク質量を比較し、spoT欠損株の表現形が菌株により異なっている機構を明らかにする 一方、感染2ヶ月後のスナネズミから採取した血清を用いて抗体価を測定した結果、値に有意差は認められなかったものの、spoT欠損株で高い値を示した個体が野生株より多く検出された。ピロリ菌は宿主の免疫応答を抑制することで定着を可能にしている。病原因子であるCagAはその免疫抑制作用をもつことから、spoT欠損によりCagAなどの病原因子の発現が低下したため、抗体産生が抑制されなかったことが考えられる。これまで主要な病原因子であるCagAの転写物量およびタンパク質量がspoT欠損により低下するとの報告があることから、これらの臨床分離株を用いてCagAの発現をmRNAおよびタンパク質の発現を検討し、cagA発現におけるppGppによる制御機構を明らかにする。
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