研究課題
呼吸器ウイルスによる感染症はその重要性にも関わらず未解明な点が多い。これらのウイルスの呼吸器特異的な感染・増殖機構も不明のままである。牛パラインフルエンザウイルス3型(BPIV3)は増殖が良く扱いが容易で、古くからヒト呼吸器ウイルス研究のモデルとして用いられてきた。本研究の目的は、当研究室で開発されたBPIV3のウイルスゲノム改変法を用いて改変BPIV3を作製し、感染細胞を超高解像度で解析することにより、BPIV3の呼吸器特異的な感染・増殖機構を明らかにすることである。BPIV3の膜タンパク質はM、F、HNタンパク質の3種類であるが、これらのタンパク質がウイルスの粒子形成に具体的にどのように関わっているかわかっていない。この問題を解明するため、本年度は、まずリバースジェネティクスを用いてBPIV3の膜タンパク質を個別に欠損するBPIV3を作製することを試みた。その結果、Mタンパク質、Fタンパク質を欠損するウイルスを作製することが出来た。BPIV3は自然宿主である牛の各種の感染症に対するワクチンのユニバーサルプラットフォームとなる可能性を秘めている。本研究では、上記の研究に加えてBPIV3のウイルスゲノム改変法を用いて、安全で有効な新規組換え牛用ワクチンの開発を試みた。その結果、牛下痢症ウイルス(BVDV)のE2タンパク質を発現する組換えBPIV3、牛白血病ウイルス(BLV)のenvタンパク質を発現する組換えBPIV3を作製することが出来た。これらの知見は呼吸器ウイルスの感染機構の解析および新規ワクチンの作製に役立つものと期待される。
2: おおむね順調に進展している
当初の計画どおり、膜タンパク質遺伝子(M遺伝子、F遺伝子)を欠損する組換えBPIV3を作製することが出来た。これらのウイルスは、cDNAからのウイルス回収の際、Mタンパク質発現プラスミド、Fタンパク質発現プラスミドを細胞にトランスフェクションすることにより取得した。これらのウイルスは、予想通り、欠損させた膜タンパク質を補給しない限りマルチプルに感染することはなかった。興味深いことに、M欠損ウイルス感染細胞ではHNタンパク質の局在が変化していた。M遺伝子欠損ウイルスを用いて感染細胞に変異を加えたMタンパク質発現プラスミドをトランスフェクションすることによりMタンパク質の機能を評価する系を構築することが出来た。一方、HN遺伝子を欠損するウイルスは取得することが出来なかった。現在のところ原因は不明である。HNタンパク質はニューラミニダーゼ活性を有しているのでトランスフェクションした細胞のシアル酸が除去されてしまいウイルスが感染できないのかもしれない。BPIV3を用いた組換えワクチンに関しては、牛下痢症ウイルス(BVDV)の主要抗原であるE2タンパク質遺伝子を有する組換えBPIV3を作製することが出来た。また、牛白血病ウイルス(BLV)の主要抗原であるenvタンパク質遺伝子を有する組換えBPIV3を作製することが出来た。これらの外来性タンパク質の発現は特異抗体を用いた蛍光抗体法およびウェスタンブロッティング法により確認した。以上の結果より、本研究はおおむね順調に進展していると判断した。
野外株ウイルスあるいはM、F遺伝子を欠損するウイルスをMDBK細胞あるいはVero細胞に感染させ、ウイルスの粒子形成を以下のような方法によって解析する予定である。1)培養上清への放出をウェスタンブロッティング等の生化学的方法により評価する。2)感染細胞の表面を走査型電子顕微鏡で観察する。3)培地中に放出されたウイルス粒子の形状を透過型電子顕微鏡で観察する。4)感染細胞中での各ウイルス膜タンパク質の分布を蛍光標識したタンパク質を蛍光顕微鏡、共焦点レーザー顕微鏡で解析すると共に超解像顕微鏡によりさらに詳しく解析する。超解像顕微鏡は、最近、市販されるようになった新型顕微鏡で、構造化照明顕微鏡法(SR-SIM)、あるいはdirect Stochastic Optical Reconstruction Microscopy(dSTORM)と言った方法が該当する。従来の光学顕微鏡あるいは共焦点レーザー顕微鏡の分解能を超えた解析が可能という特徴がある。牛下痢症ウイルス(BVDV) E2発現組換えBPIV3、牛白血病ウイルス(BLV )env発現組換えBPIV3については、BPIV3による感染が成立するハムスターを用いてBVDV E2、BLV envに対する抗体誘導能およびBVDV、BLVに対する感染阻止抗体誘導能を測定する。さらに、BPIV3を用いて分泌型のBVDV E2、BLV envの発現が可能か調べる。分泌型のタンパク質が大量に産生されるようならBVDVやBLVに対するアッセイキットやワクチンとしての利用が考えられる。
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