研究課題
胸腺における未熟T細胞分化過程におけるT細胞受容体(TCR)下流のチロシンキナーゼの重要性はよく知られているが、セリン/スレオニンリンキンーゼの役割については不明な点が多い。我々は未熟T細胞を抗原刺激した際にセリン/スレオニンキナーゼ、プロテインキナーゼD (PKD)が活性化することを見出し、T細胞特異的に全てのPKD分子種を欠損するマウスを初めて樹立したところ、CD4+T細胞が消失することを発見した。さらに、T細胞分化におけるPKD 基質候補分子を探索した結果、新規PKD基質としてチロシンフォスファターゼSHP-1を同定した。本研究は、こうした独自の知見に基づき、CD4+T 細胞分化における新規TCR-PKD-SHP-1 axisの役割を明らかにすることを目的としている。当該年度は、SHP-1のPKDによるリン酸化部位を変異させたリン酸化不能型変異体(SHP-1.S557A)を用い、PKDによるSHP-1リン酸化のCD4+T細胞分化への寄与を検討した。変異体SHP-1を未熟胸腺細胞株DPKへ導入するとCD4+T細胞への分化が障害された。さらに、SHP-1.S557ノックインマウスを樹立し、解析を行った。樹立したマウスでは、PKD欠損マウスと同様にSHP-1のリン酸化が認められないことを確認した。野生型マウス由来骨髄細胞とノックインマウス由来骨髄細胞を混合し、骨髄キメラマウスを作製して競合下で未熟T細胞の分化能を比較したところ、ノックインマウス由来細胞ではCD4+T細胞への分化が減弱していた。また、PKDによるSHP-1リン酸化の機能的役割を明らかにするため、野生型とリン酸化不能型変異体SHP-1の抗原刺激に伴う局在変化を検討した。さらに、フォスファターゼアッセイにより酵素活性を比較したが、いずれも野生型と変異体に違いは見られなかった。
2: おおむね順調に進展している
当該年度の研究計画は、前年度までに得られていたgermline transmissionに成功したリン酸化不能型変異体SHP-1(SHP-1.S557A)ノックインマウスの産仔とCAG-Cre Tgマウスとの交配を進め、ノックインアレルのNeo耐性遺伝子を除いた個体を得て解析を進めることであった。交配が順調に進み、目的のノックインアリル由来の変異体SHP-1の発現を確認し、マウスの解析まで進めることが出来た。ノックインマウス自体あるいはTCRトランスジェニックマウスと交配しTCRを固定したマウスの解析ではT細胞分化に影響が認められなかったが、骨髄キメラマウスを作製し野生型マウス由来細胞との競合下においてT細胞分化を比較すると、変異体SHP-1導入によるCD4+T細胞への分化能の減弱が認められた。この結果から、生体内においてもPKDによるSHP-1のリン酸化がCD4+T細胞分化へ寄与していることが強く示唆された。PKDによるSHP-1のリン酸化の機能的役割について当該年度はin vitroでの解析を進め、当初予定していた野生型とリン酸化不能型変異体SHP-1の細胞内局在および酵素活性の比較までを行うことができたが、いずれも差は見られなかった。また、結合分子の比較については、プルダウンアッセイと免疫沈降の条件検討を行っている最中であり、まだ結果は得られていないが、総じて当該年度の研究計画は概ね達成できたと考える。
当該年度の研究結果から、生体内においてもPKDによるSHP-1のリン酸化がCD4+T細胞分化へ寄与していることが示唆されたことから、次年度以降はPKD-SHP-1 axisがCD4 lineage決定において重要な役割を果たすか否かを検証する。変異体SHP-1を導入したDPK細胞を抗原刺激時し、CD4 lineage決定に重要な転写因子ThPOKの発現を野生型と比較する。同様に、変異体SHP-1ノックインマウスの胸腺から正の選択を受けた直後のCD4+CD8int細胞を分取し、ThPOKの発現を野生型と比較する。また、CD4 lineage決定に障害があると、MHC classII拘束性の細胞でもCD8+T細胞になってしまうという、“redirection”という現象が起こることが知られているが、変異体SHP-1ノックインマウス由来細胞でこの現象が観察されるか否かを検討する。また、これまでのところPKDによるSHP-1のリン酸化の機能的役割については明らかになっていない。次年度以降は、プルダウンアッセイと免疫沈降により、PKDによりリン酸化されたSHP-1とリン酸化されない変異体SHP-1の結合分子を比較し、異なる結合タンパク質が認められた場合には、マススペクトル解析により同定する。違いが認められない場合は、他の手法によりPKDによるSHP-1のリン酸化の機能的役割を明らかにする。例えば、in vitroでリン酸化させたSHP-1を用いたフォスファターゼアッセイでは酵素活性に違いが認められなかったが、野生型、PKD欠損マウス、変異体SHP-1ノックインマウス由来細胞より精製したSHP-1を用いてフォスファターゼアッセイを行う。また、酵素活性に寄与することが報告されているSHP-1のリン酸化部位のリン酸化を各マウス間で比較する。
樹立したマウスの交配が順調に進み、当該年度はマウス生体の解析を主に行うこととなったため、in vitroの実験に使用する予定であった生化学実験試薬および質量分析にかかる経費に差額が出た。また、所属研究機関による国際学会派遣支援に採択されたため、旅費にも差額が出た。
次年度以降は、樹立したマウスの細胞や培養細胞を用いて分子生物学的、生化学的な解析を進め、必要に応じ質量分析による解析も行う予定である。
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Nature Communications
巻: 7 ページ: -
10.1038/ncomms12756