研究課題
クローン病(CD)は免疫応答の破綻によって起こる特発性炎症性腸疾患である。CDの治療薬であるインフリキシマブ(IFX)の短期および長期治療効果に患者間で個人差を認める。よって,治療短期(10週後)に認める治療効果不十分例や長期治療中(1年後)に起こる治療効果消失例に見られる治療抵抗性の機序解明と,治療感受性あるいは治療抵抗性を示す患者を選別するバイオマーカーを同定するために,IFXの標的分子であるTNF-alpha受容体の細胞内シグナルの下流にある伝達物質(I-kB/NF-kB)を共有する4つのシグナル経路(P2RX7/TLR/IL-1/CD40)に関与する14個の遺伝子を候補遺伝子とし,同遺伝子内の計75個の一塩基多型を用いて症例-対照研究を行った。本研究に同意したCD患者127名を,IFX投与10週後と1年後の治療効果の有無で2群(感受性群と抵抗性群)に分けた。各治療期間において両群間で候補遺伝子多型の出現頻度を有意差検定した。IFX投与10週後においてCARD8のrs11670259がIFX治療感受性および抵抗性に寄与していた。また,IFX投与1年後において,P2RX7のrs3751143とCARD8のrs4389238とCASP1のrs2282659がお互いに独立してIFX治療感受性および抵抗性に寄与していた。3つのうち,P2RX7とCASP1の遺伝子多型を組み合わせた遺伝子診断によって,1年後の治療効果を高感度に高特異度に予測できることがわかった。今回の研究により,CD患者においてP2RX7,CARD8,CASP1はIFXの治療感受性および治療抵抗性遺伝子である可能性が初めて示唆された。今後,P2RX7シグナル経路を分子標的としたCDの新規治療薬あるいはIFX耐性を克服する補助薬の開発に繋げたい。
2: おおむね順調に進展している
2年間で50個の候補遺伝子を解析する計画のうち,今年度に14個の遺伝子(75個の一塩基多型)を解析した。数字から判断すると14/50 = 28%とやや遅れているように見られるが,治療効果と相関する可能性の高い遺伝子から優先順位をつけて解析しているので,概ね順調に進展している状況にある。今年度解析した14個の候補遺伝子のうち,3つの治療感受性遺伝子あるいは治療抵抗性遺伝子を同定できた。IFXの標的分子であるTNF-alpha受容体の細胞内シグナルの下流にある伝達物質(I-kB/NF-kB)を共有する4つのシグナル経路の一つであるP2RX7経路において,腸管上皮細胞膜上に存在するATPの受容体(P2RX7)とそのシグナル下流で複合体を形成する分子であるCARD8および同複合体がシグナル活性を伝達するCaspase-1がIFXの治療効果に関与していることを証明したことは評価できる。同時にin silico解析と機能解析を展開しており,今後,IFXの治療感受性あるいは治療抵抗性の新規分子機序を解明しつつ,CDの新たな治療薬の標的分子あるいはIFX耐性を克服する補助薬のゲノム創薬が期待される。さらに,相関した遺伝子多型をバイオマーカーに用いた遺伝子診断法を開発中である。今回は,P2RX7とCASP1の遺伝子多型を組み合わせた遺伝子診断によって,IFXの1年後の治療効果を,オッズ比:9.4倍,P値:0.001,感度:52.6%,特異度:89.5%,陽性的中率:96.2%および陰性的中率:27.0%で予測できることがわかった。つまり,陽性であれば高い確率で1年間は治療効果が継続することが予測できた。今後も高感度,高特異度,高陽性的中率および高陰性的中率を示すバイオマーカーの組み合わせを探索し,IFXの個別化治療へつなげる予定である。
(1) 着目した5つのシグナル経路上の残りの候補遺伝子に対して一塩基多型解析を継続し,IFXの治療効果に関連する複数の治療感受性遺伝子や治療抵抗性遺伝子を同定する。(2) 引き続き同定した治療感受性遺伝子や治療抵抗性遺伝子に対してin silico解析(HaploReg/GENCODE/GWAVA)とシグナル伝達経路の解明(IPAパスウエイ解析)を行う。また,それぞれの対立遺伝子を含む発現ベクターを作製し,大腸菌内で強制発現させてmRNAとタンパク質の発現量をreal-time PCR法とウエスタン・ブロット法で定量して比較する。あるいはルシフェラーゼアッセイを行う。さらに,下流の細胞内シグナル伝達物質(I-kB/NF-kB)や炎症生サイトカインの活性化の有無も検証する。そして,治療薬の可能性の高い標的分子に対して,その分子を遮断するあるいは活性化させる物質を投与して,下流のシグナル伝達物質や標的遺伝子の発現量を調べ,分子標的治療薬の標的分子を同定する。(3) 同定した複数の治療感受性遺伝子や治療抵抗性遺伝子の遺伝子多型がお互いに独立して治療効果や治療抵抗性に寄与しているかを多変量解析(多項ロジスティック回帰分析)で検証する。続いて,独立していた遺伝子多型を複数組み合わせてバイオマーカーに用いた遺伝子診断を行い,相対的危険度をオッズ比で表す。そして,10週後あるいは1年後のIFXの治療効果や治療効果消失を予測でき,且つ感度,特異度,陽性的中率および陰性的中率の高い遺伝子診断法を開発する。
長崎大学学術研究成果リポジトリで本研究成果を公開する予定である。
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すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件、 謝辞記載あり 1件)
Integrative Molecular Medicine
巻: 3 ページ: 1-15
10.15761/IMM.1000262