研究課題
本研究の目的は,法医剖検例における膵臓被膜下・間質内出血(以下,出血と記載)の意義と膵臓関連ホルモンとの関連性について,低酸素・虚血の観点から検討することにある.本研究結果は,法医学における窒息の診断意義のみならず,微小血管が豊富な内分泌系における低酸素・虚血状態の影響についての基礎的な資料になるものと考える.これまでの検討結果として,窒息死・鈍器損傷(頭部・非頭部損傷),鋭器損傷,溺死,火災関連死,急性心臓死において検討したところ,窒息死例において,急性および遷延性のいずれにおいても,70%ないし80%の症例で出血が確認され,さらに溺死例においても高頻度に出血が確認された.一方,病理組織学的には,溺死における出血の頻度は,30%と低値であったものの,窒息に関しては,肉眼所見と同様に高頻度に出血が確認された.病理組織学的変化として,窒息の遷延死例では,びまん性に組織の脱落所見が認められた.右心血中のインスリンおよびグルカゴン濃度を測定したところ,インスリンでは,急性の窒息死例において,臨床基準値よりも高値を示し,遷延性の窒息死群では,臨床基準値よりも低値を示した.他の死因群では,ほぼ臨床基準内に収まっていた.血中グルカゴンの濃度は,すべての死因群において,臨床基準値よりも高値を示し,死因間での差は明らかではなかった.インスリンおよびグルカゴンを用いた膵臓の免疫染色の結果,各死因群における陽性細胞の変化は認められなかった.これらの結果より、膵臓の被膜下・間質内出血は,微小血管が発達している内分泌機関が低酸素状態に脆弱である結果を反映しているものと推測される.一方で,血中インスリンの増加は,低酸素状態におけるインスリン分泌能の亢進が関与しているものと考えられる.
2: おおむね順調に進展している
本研究結果は,前述のごとく,①低酸素下におけるインスリン分泌能亢進と②低酸素下における微小血管障害に依存しているものと思われる.そのことから,本年度はラット膵臓培養細胞を用いて,インスリンの遺伝子発現と培養液中のインスリン濃度の変化について検討を行った.その結果,インスリンの遺伝子発現は,低酸素(酸素5%)下10分で高値を示し,また,培養細胞液中のインスリン濃度も低酸素下10分において高値を示した.また,低酸素下における細胞の微小変化として,血中濃度が低下してくる低酸素下15分において,ミトコンドリアの膨張,細胞傷害などの所見が認められた.以上,結果をまとめると,ラット膵臓培養細胞を用いた低酸素下(5%,O2)では,インスリン遺伝子発現は低酸素10分で高値を示し,インスリンの濃度は,遺伝子発現と同様に10分で高値を示した.一方,電子顕微鏡を用いた培養細胞内の微小器官の変化について観察したところ,低酸素下15分で,微小器官の変化が認められた.この結果は,低酸素下において,インスリンの発現が増加するものの,低酸素状態が遷延すると,細胞傷害により,インスリン分泌能が低下を表しているものと思われる.それら結果は,国際学会および国内の学会において,発表した.
現段階において,低酸素下におけるインスリン分泌能亢進のメカニズムは明らかにされてきているものの,低酸素下における微小血管障害のメカニズムおよび低酸素状態における膵臓の被膜下・間質内出血のメカニズムについては,明らかとなっていない.この観点から,低酸素状態における内分泌系の微小血管モデルについて,今後検討が必要であると考える.一方,症例数については,未だ目標数に達してはおらず,今後統計解析などを行う上で,十分に考慮しなければならない点であると考える.また,低酸素状態のようなストレス環境下における血糖値との関連性についても検討を行わなければならない.今後は,急激な低酸素下における血糖値とインスリンとの関係,さらには,実質傷害を伴わない膵臓被膜下・間質内出血の出現原因までの生化学的・分子生物学的検討を中心に進めていく予定である.
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