双極性障害の治療で用いられるリチウム(Li)は、自殺目的で大量摂取する事例に加え、有効域と中毒域が近接しているため慢性中毒の頻度が比較的高い薬物である。Li分析は元素分析装置を所有する機関が限られており広く行われていない。法医剖検例では、患者情報を入手できないこともあり、Liが死因に影響を及ぼしていても見過ごしている可能性がある。本研究では、高度・高額な機器がなくても全血試料からLiを簡便かつ迅速に検出する方法を確立して剖検事例に応用し、リチウム中毒の影響ならびにその実態を明らかにすることである。 Liを簡便かつ迅速に検出する方法として、F28ポルフィリンキレート化合物(F28TPP)をLiの特異的発色剤とした「色相変化」による検出法の検討を行った。全血に等量の10%スルホサリチル酸溶液を加え撹拌し遠心分離後、上清にF28TPPを添加しLED光を約1 分間照射し色相を確認した。0 mEq/Lは緑色、0.5と1.0 mEq/L(治療域濃度)は橙色、1.9と3.0 mEq/L(中毒域濃度)は赤色を呈した。色相変化に基づく半定量値と分析機器で測定した定量値を比較した結果、色相変化と機器を用いて測定した値は概ね良好な相関を示し、本法は半定量的にLiを検出できるスクリーニング法であることが確認された。また、本法を剖検事例に応用したところ、簡便かつ迅速にLi存在の有無を確認することができ、患者のLi服用に関する情報が無くともLi摂取事例を確認することができた。これらの事例に関して、血中Li濃度を測定したところ、その濃度は治療域以下で脳内Li濃度も検出限界以下であり、今回対象とした事例において、慢性Li中毒事例は存在せず死因にLiが影響を及ぼしていないことが確認された。 本法は法医学におけるLi 中毒死の見過ごしをなくし、死因究明に貢献できる分析方法であると考えられる。
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