研究課題/領域番号 |
16K09452
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
板橋 裕史 慶應義塾大学, 医学部(信濃町), 講師 (00317108)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 経カテーテル大動脈弁植え込み術 / 大動脈弁逆流症 / 心拍出量 / 三尖弁閉鎖不全症 |
研究実績の概要 |
本研究は経皮的大動脈弁埋め込み術(TAVI)を実施した患者の中で、十分な心機能の改善が得られない症例を調査し、その結果得られた知見から適正なTAVIの適応を検討することを目的としている。TAVI施行後、1年以上の経過を観察した症例を調査し129例の患者によるデータベースを作成し心エコー図検査のデータを用いて心機能の変化を調査した。心不全入院、心臓死をイベントして設定しTAVI前後の心機能の推移とイベントとの関係を調査したところ、術後の心拍出量が増加する症例では減少する症例に比べてイベントが少ないことが明らかとなった。過去の報告でもTAVI後の心拍出量が良好であることはその後の心臓イベントが少なくなることが示されていたが(JAMA Cardiol. 2016;1(5):481-489)、我々の研究ではTAVIにより心拍出量が増加すること自体が予後良好の指標であるという事実が明らかとなった。さらにTAVI後に大動脈弁逆流症の重症度が改善している症例と右室収縮力が改善している症例においてはTAVI後心拍出量が増加する傾向があることが判明した。左心機能不全を主体とした心不全症例においても右室収縮力低下と有意な三尖弁逆流が重要な予後不良因子であることは知られているが、TAVI後の患者においても右心機能障害の有無が重要であることが示された。右心機能障害の発症機序を解明するためには右室収縮力低下と三尖弁逆流の関与を検討する必要がある。三尖弁逆流症を確実に改善させるためには外科的開心術が必要となる。大動脈弁狭窄症に対する治療法としてTAVIあるいは外科的開心術を選択する際に、大動脈弁狭窄症の解除により三尖弁逆流が改善するか否かを予測することは重要であり、正しく予測するためには三尖弁脈流の発症機序を究明する必要がある。従って圧負荷や容量負荷による右室の形態変化やそれに伴って出現する機能性三弁逆流の発生メカニズムを解明する段階に至っている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
大動脈弁逆流の重症度の変化を中心にTAVI前後の心機能の変化を調べたところ、TAVI後に大動脈弁逆流が改善する症例ではTAVI後に心拍出量が増加することが判明した。TAVIの技術が安定した施設ではTAVI後の大動脈弁逆流はごく軽度にとどまるケースが大半であるため、術前に大動脈弁逆流が多い症例ではTAVI後に大動脈弁逆流が改善する可能性が高く、より大きな治療効果が得られる可能性があることが示唆された。更に多変量解析を実施したところTAVI前の大動脈弁逆流がより重症であればTAVI後に心拍出量が増加することを期待できることが示された。この研究結果は昨年度AsiaIntervension誌に掲載されたが(AsiaIntervention 2019)、研究を更に進め大動脈弁逆流が減少することで心拍出量が増加するメカニズムを解明することを試みた。我々は左室心筋固有の収縮力が増加することがその大きな要因になっているのではないかと考えた。一般的に左室収縮力の指標として利用されているのは左室駆出率であるが、本モデルではTAVI前後で容量負荷が軽減されるため、左室収縮力の増減とは無関係に左室躯出率が変化すると考えられる。従ってスペックルトラッキングによるストレインを解析することで左室収縮力の変化を評価できると考えた。しかしストレイン解析の難点としては同一メーカーのエコー装置で記録した症例のみで解析が可能であるという点である。同一のエコー機器でTAVI前後の心エコー図検査を記録し、またその中で大動脈弁逆流の重症度が改善している症例を抽出することを試みたが十分な症例数を確保することは困難と思われた。従って心拍出量増加のもう一つの重要な機序である右心機能の改善に関わる要因を究明することを今後の主とした課題にすることとした。
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今後の研究の推進方策 |
現時点までの解析で、経皮的大動脈弁埋め込み術(TAVI)後に心拍出量が増加することがその後の心イベントを抑制し、更に大動脈弁逆流の減少と右室機能の改善が心拍出量増加に大きく関与していることが示唆された。当初我々はTAVIにより大動脈弁逆流を減少させることができた症例では、左室心筋固有の収縮力が増大している可能性があると考え、それを証明するためにスペックルトラッキング法による左室ストレイン解析を試みたが同一メーカーのエコー装置で記録した症例に限定して症例数を集めることが困難であったため断念している。現在は右心機能の改善に焦点を当て、特に三尖弁逆流の発生機序を解明する研究に取り組んでいる。術前に有意な三尖弁逆流を有し、大動脈弁狭窄症の解除によっても重症度の改善が望めない症例においては三尖弁に対しても侵襲的治療介入を行うためTAVIではなく外科的開心術を選択する必要が生じると考えられる。従って機能性三尖弁逆流症の発生機序を正しく評価することの臨床的意義は高い。機能性三尖弁逆流は右室拡大、右室収縮力低下、弁輪拡大、弁尖のtetheringなどが複雑に関与しているため、発生機序を解明するためには研究対象を大動脈弁狭窄症以外にも拡大する必要があると考えた。従ってTAVIを実施した症例に限らず、容量負荷や圧負荷の解除により右室や三尖弁の形態がどの様に変化するのかを検討することを目的に、慢性肺血栓塞栓症、心房中隔欠損症、心房細動などの症例を対象として肺高血圧症や三尖弁逆流症の重症度と右室、三尖弁輪、三尖弁弁尖の形態との関係を調査し、三尖弁逆流症の基本的な発症機序を解明することに努めることとした。
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次年度使用額が生じた理由 |
年々進化するデバイスや最新の治療成績などに関する情報を収集するために国内外の学会への参加し発表する必要があり、これらに関する費用が多くなると予想されていた。しかし新型コロナウィルス肺炎の流行により多くの国内および国際学術集会の開催延期が余儀なくされた。従って本年度は未使用となった旅費や学会参加費は来年度に繰り越され使用されると予想する。
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