研究課題
昨年度に続き、より高品質な心筋球作製のために心筋細胞の二次元大量培養法の詳細な条件検討を行い、細胞の増殖率、分化効率、代謝産物等の解析を行った。本培養法では4段、10段にプレートが重なった多層のスタックプレートを用いるが、ガス交換に時間がかかるため細胞の増殖や品質に影響をおよぼしていた。そこで、強制通気可能なインキュベーターを用いることでガス交換が通常の細胞培養と同様に迅速になり、高品質なiPS細胞と心筋細胞を効率よく大量培養することが可能になった。また、心筋球を作製し酸素濃度をモニタリングしたところ、チャンバー底部に存在する心筋球周辺は低酸素状態であり、低酸素状態では心筋球にHypoxia indeced factor-1α(HIF-1α)が強く発現していた。一方、酸素透過性スフェロイド培養器を用いることで心筋球に酸素が供給され、HIF-1αの発現低下が確認された。そこで心筋球作製時に酸素を供給することによって心筋球がより成熟した微小組織に成長することを確認するために幼若心筋細胞のマーカーであるMYL7と成熟した心室筋のマーカーであるMYL2の発現を比較した。酸素供給下で純化心筋細胞を用いて14日間培養し、酸素を供給していないコントロール群と比較した。酸素供給下での心筋球は、MLC2の発現が増加し、さらに心筋球の拍動速度も15beats/minから25-40beats/minと飛躍的に増加することからより成熟した心室筋型の組織に成長していることが明らかになった。一方、分化効率90%の非精製心筋細胞(10%は非心筋細胞)では、成熟化が確認されなかった。また、血管内皮細胞と心筋細胞を混合しただけでは血管網が構築された心筋組織は得られなかった。これらの結果より、成熟した心筋球の作製には純化精製心筋細胞の使用が必要であることが示唆された。
1: 当初の計画以上に進展している
本年度は主に高品質な心筋細胞を獲得するためのより効率的な大量培養法の確立と心筋球形成における溶存酸素の影響について研究を行なった。酸素、二酸化炭素のガス交換はiPS細胞、心筋細胞の双方の生存、増殖、分化にとってとても重要な因子となる。特に心臓は血流豊富な臓器であり、心筋細胞はその機能を維持するために酸化的リン酸化により多くのエネルギー(ATP)を生成する。一方、臓器が虚血状態におちいると産生されたHIF-1α が血管新生や細胞増殖を促進することが明らかになっている。ところが、これまでin vitroにおけるガス交換がどれくらい重要なのかはあきらかでなかった。昨年度までの実験により多層のスタックプレートで大量のiPS細胞と心筋細胞を獲得できたが、強制通気インキュベーターで各層のガス交換をすみやかに均一に行うことで極めて高品質なiPS細胞と心筋細胞を一度に獲得することに成功した (Tohyam S, Fujita J, et al. Stem Cell Reports 2017 )。さらに、三次元構造をもつオルガノイドは様々な細胞で研究されているが、他細胞と異なり心筋細胞では立体構造を持つがゆえの凝集塊内の酸素濃度低下が懸念される。本年度の成果により、酸素を供給しない通常のスフェロイド培養では心筋球が低酸素状態に暴露されることが明らかになり、非生理的な環境であることが証明された。一方、酸素を供給することによって心筋球はより成熟化した心室筋型の形質をとることが明らかになった。iPS細胞由来の心筋細胞は胎児型であり、成熟化は最大のテーマである。本研究によって酸素化が心筋球成熟化の重要因子であることが明らかになった。さらに、非心筋細胞が混入することによって成熟化が認められないことから、純化精製された心筋細胞が成熟化した三次元心筋組織の形成には必要であることが示唆された。
本年度の研究成果によって、高品質な心筋細胞の培養条件と心筋球形成過程における培養液中の溶存酸素の重要性があきらかになった。来年度は、in vitroにおける心筋球のさらなる機能評価を行う。すなわち、これらの心筋球がギャップジャンクションをどのように発現して電気的な結合を行うかを確認し、電気生理学的解析を行う。VEGF、FGF、HGFといった血管増殖因子の発現をサイトカインアレイや定量的PCRによって確認する。特にこれらの増殖因子が心筋細胞と組織化された心筋球でどのように違うかを解析する。さらに、心筋球をXSCIDラットやNOGマウスといった免疫不全動物へ移植することによって心筋球がどの程度生着できるのかを明らかにする。心筋球が長期間虚血にさらされれば、血管構築なしでは3-4ヶ月の長期移植において生着することは不可能と考えられる。CD34やvon Wilebrand factorといった血管内皮のマーカーや平滑筋のマーカーであるα smooth muscle actinを染色してin vivoにおける移植心筋球の生着性を確認することで血管構築の重要性を確認する。移植された心筋組織の形態やホストの血管がどのように移植された心筋球内に伸長するかを確認し、共焦点レーザー顕微鏡を用いて移植心筋組織と血管網の三次元的な立体構造の解析を行う。また、移植された微小心筋組織が周囲の心筋組織とギャップジャンクションによって電気的に結合するかを確認する。さらに、クライオインジャリーを用いた心不全モデルに微小心筋組織を移植することによって移植後2ヶ月、3ヶ月後の長期における心機能の改善効果を心エコーやカテーテルを用いて確認する。また、心筋球移植により不整脈が惹起されるか否かを植え込み型のホルター心電図で確認する。さらに移植組織のレシピエントの心臓への生着率を解析し、梗塞巣の変化を確認する。
(理由)本年度の研究ではヒトiPS細胞由来心筋細胞を大量に獲得するために強制通気を用いたCO2ガス交換が重要であることを確認し、酸素透過性スフェロイド培養器を用いて成熟した心筋球を獲得することに成功した。本研究によって純度の極めて高い心筋細胞を用いた三次元オルガノイド(心筋球)をin vitroで確立することが可能になった。これまでの他臓器の三次元オルガノイド研究をみてもここまで品質の高い構成細胞を用いた研究は存在しない。最終年度は、主に三次元心筋組織球の移植を行い、in vivoにおける生着性や機能改善を中心とした研究を行うため、より大量の心筋細胞を準備する必要性がある。iPS細胞の培養においては培養液や細胞皿のコーティングマトリックスがとても高額であり、動物の購入費や飼育費にも研究費が必要となることがあきらかである。そのため、本年度は経費をきりつめ最終年度の研究計画を見据えて研究費を使用した。(使用計画)次年度は、iPS細胞や心筋細胞の培養液、培養器具、試薬、動物購入費、飼育費、解析費として主に使用する。また、学会参加費や論文発表のための英文校正費等にも使用する予定である。
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Stem Cell Reports
巻: 9 ページ: 1406-1414
https://doi.org/10.1016/j.stemcr.2017.08.025