研究課題/領域番号 |
16K09598
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研究機関 | 千葉県がんセンター(研究所) |
研究代表者 |
新行内 雅斗 千葉県がんセンター(研究所), 呼吸器内科, 部長 (60450433)
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研究分担者 |
田川 雅敏 千葉県がんセンター(研究所), がん治療開発グループ, 部長 (20171572)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 悪性中皮腫 / p53経路 / 細胞死 / Hippo経路 / MDM2 / MDM4 / NF2 |
研究実績の概要 |
悪性中皮腫の臨床検体の約80%で、p14/p16遺伝子がコードされているINK4A/ARF領域が欠損し、一方がん抑制遺伝子p53は野生型であることが知られている。これは最近の患者由来のサンプルを用いた全エクソームの配列決定によっても確認されており、悪性中皮腫に特徴的な遺伝子変異である。すなわちp14分子欠損によりp53分子の分解が亢進し、p16分子欠損によってCDK4/6分子のキナーゼ機能が活性化し、Rb分子が継続的にリン酸化される。したがって、当該遺伝子変異の結果は、2つの重要ながん抑制遺伝子であるp53とpRbの分子機能を機能的に消失させ、このため細胞周期が停止せず、DNA傷害による細胞死が誘導されない。一方、悪性中皮腫ではNF2およびその下流の遺伝子群の変異が知られており、Hippo経路の異常も臨床検体の約40%で観察されている。腫瘍におけるHippo経路の異常は、低分子G蛋白、focal adhesion kinase (FAK)、およびmTOR経路の亢進に帰結する。そこで、これらの阻害剤が悪性中皮腫に対して抗腫瘍効果を誘導するかどうかWST法等を用いて検討した。低分子G蛋白については、bisphosphonate製剤等、FAKについてはdefactinibさらにはmTOR経路についてはcompound Cおよびrapamycin等を使用して、細胞傷害活性を検討した。これらの薬剤はいずれも8種類の悪性中皮腫株について細胞傷害活性を示したが、NF2分子の発現量や既知のNF2遺伝子の変異とも関連性がなかった。また、どの薬剤についてもp53遺伝子型とも関連性がなかった。しかし、MDM2機能を阻害してp53分子の発現を上昇させるnutlin-3aとdefactinibを併用すると、p53野生型の細胞では殺細胞効果が相乗的であり、またMDM4阻害剤でやはりp53分子発現を上昇させるNSC207895を用いても同様な結果であった。このことはHippo経路とp53経路とは相互に関連している可能性を示唆している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は主にHippo経路の検討を行ったが、同経路が腫瘍化に果たす役割は実は明確ではない。これはHippo経路異常の最終標的が多彩な機能を有する転写調節因子であるYAP1であり、かつYAP1のloss of functionによって誘導される細胞増殖機能の低下は相対的に弱いものであるためにほかならない。しかし、YAP1遺伝子の転写調節に影響を与えるHippo経路の因子から検討すると、細胞接着に関わる分子が想定され、その結果低分子G蛋白、FAK機能、およびmTOR経路の亢進が悪性中皮腫におけるHippo経路異常の機能的な標的と考えられた。事実、これらの3経路が悪性中皮腫で亢進している。本年度は、これらの経路の阻害剤が悪性中皮腫の細胞傷害を誘導することを明らかにしたが、その感受性はNF2遺伝子あるいはNF2分子発現とも直接的には関連しなかった。しかし、FAKおよびmTOR経路とp53分子とはクロストークが報告され、さらにはbisphosphonate製剤による細胞死ではp53経路が活性化しているため、p53との関連性を検討した。その結果、クロストークの可能性が示唆された。一方mTOR経路の阻害剤であるmetforminとnutiin-3aを併用すると、p53経路の活性化が増強する場合と低下する場合があり、両者のクロストークは複雑であり、他の因子の影響があることが判明した。
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今後の研究の推進方策 |
悪性中皮腫の代表的な2つの遺伝子変異について、そのクロストークの可能性が得られた。これは、一方の経路の活性化(p53経路)と阻害(Hippo経路)だけでは、殺細胞効果としては不十分である可能性と、個々の経路に作用する薬剤の併用が、より強くあるいはより広範な悪性中皮腫に対して有効性をもつ可能性が挙げられる。当初の予定では、悪性中皮腫の第一選択薬とp53経路の活性化あるいはHippo経路の阻害化の併用を実施する予定でいたが、むしろ両経路のクロストークの解析をより重点的に実施したほうが良い可能性がある。また、最近第一選択薬の一つであるpemetrexedに耐性となった悪性中皮腫の細胞株を入手した。この細胞ではp53遺伝子に変異がなく、DNA/RNA経路の合成酵素に発現異常はない。しかし親株に比較してmTOR経路の異常があるため、同細胞株はHippo経路をp53経路との関連性を明らかにできる可能性がある。そこで同細胞株を使用して2つの経路の相互作用と、薬剤耐性に関わる当該経路の関与について解析する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由)平成28年度の研究が順調に進行したため、アデノウイルスの追加作製をする必要がなく、その支出の必要性がなかったが、平成29年度は、細胞傷害活性測定用試薬、各種分子標的試薬やsiRNA等の購入は予定以上の費用がかかった。しかし、結果的には平成28年度の次年度使用の繰越が多いため、平成30年度使用に繰越が生じている。 (使用計画)細胞内シグナル経路の解析を実施するために、各種リン酸化抗体やp53経路の下流の分子、さらにmTOR経路の上流分子等に対する抗体、当該分子の発現を阻害するために各種遺伝子に対するsiRNA作製費用、その他上記の経路の阻害剤等の購入、またこれらの分子の発現解析に関してウエスタンブロット関連試薬の購入に資する。また必要に応じて動物実験用のマウスでの抗腫瘍効果の検討に使用する。
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