研究課題/領域番号 |
16K09750
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
廣田 勇士 神戸大学, 医学部附属病院, 助教 (80566018)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | インスリン抵抗症 / PIK3R1遺伝子 / SHORT症候群 / iPS細胞 |
研究実績の概要 |
本研究は、インスリン受容体以降の情報伝達障害によるインスリン抵抗症と考えられる症例の遺伝子解析及びiPS細胞を用いた機能解析である。原因遺伝子の同定のために、発端者とその家族から得たDNAを用いてエクソーム解析を行った結果、発端者でdenovoに生じ、児へ遺伝した遺伝子変異を38個認めた。そのうち、アミノ酸変化を伴い機能の変化が予測された遺伝子変異を1個同定した。その遺伝子変異は、PIK3R1遺伝子c.1945C>Tであり、SHORT症候群の原因遺伝子として2013年に報告されていた(Am J Hum Genet. 93:141, 2013)。また、発端者とその児の末梢血単核球にセンダイウイルスベクターを用いて初期化因子(Oct3/4、Sox2、KLF4、c-Myc)を導入し、iPS細胞の樹立を行った。また、健常者由来iPS細胞および患者由来iPS細胞を用いて、既報(PNAS.109.12358-12543)に従い肝細胞への分化誘導を行った。AFPやALBなど肝細胞のマーカーの発現をmRNA、蛋白質レベルで確認し、肝細胞に分化していることを確認した。また、インスリン作用の検討として、インスリン受容体の下流にあるAktについて、インスリン添加によるリン酸化を解析した。健常者由来iPS細胞から誘導した肝細胞と比較して、患者iPS細胞細胞から誘導した肝細胞ではインスリンによるAktリン酸化が顕著に抑制されており、PIK3R1異常ではインスリン作用が抑制されていることが示唆された。また、糖新生系酵素の発現を検討することが必要であったが、通常の誘導方法では、糖新生系酵素であるG6PC(Glucose-6-phosphatase catalytic subunit)の発現が認められなかった。培地の変更や、分子化合物の添加など、誘導方法を改良することでG6PCが発現する条件を見出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
エクソーム解析から疾患遺伝子を同定したところ、既知の遺伝子変異(PIK3R1遺伝子c.1945C>T)であった。しかし、本邦では未報告の遺伝子変異であったため、治療経過とあわせて、学会報告および論文報告(Hamaguchi et al. J Diabetes Investig. 2018 doi: 10.1111/jdi.12825.)を行った。PIK3R1遺伝子は、PI3キナーゼの調節サブユニットをコードする遺伝子であり、本症例ではPIK3R1遺伝子異常がインスリン抵抗性に繋がっているものと考えられる。しかし、PI3キナーゼの調節サブユニットには、3つの遺伝子から産生される5つのアイソフォームが存在し、個々の調節サブユニットのアイソフォームはPI3キナーゼ経路の活性化に促進的だけではなく、抑制的に作用するものもあると考えられている。実際、本症例で変異を認めたPIK3R1遺伝子をマウスで欠損させると、インスリン抵抗性ではなく、インスリン感受性の増強と低血糖が生じると報告されている(Nat Genet,21:230, 1999)。したがって、PI3キナーゼ経路の活性化に対して、本症例のもつ遺伝子変異が、どのようなメカニズムで影響を及ぼすかが明らかとなれば、PI3キナーゼの活性化機構に関する新知見が得られる可能性が高く、iPS細胞の樹立、機能解析を進める。上記のように当初の計画と異なった点はあるものの、遺伝子解析は完了した上で、疾患iPS細胞も樹立でき、機能解析も進みつつある点から順調に進展していると評価した。
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今後の研究の推進方策 |
現在、健常者iPS細胞、患者iPS細胞の樹立に成功している。また健常者iPS細胞、患者iPS細胞ともに肝細胞への分化も成功した。さらに、これまでに確立されていなかったインスリン反応性を検討できる肝細胞への分化条件も見出している。今後は、患者iPS細胞由来肝細胞と健常者iPS細胞由来肝細胞において、インスリン添加による糖新生系酵素G6PCの発現量の変化を比較検討することとしている。また、脂質代謝に関わる酵素であるSREBP1cなど脂肪酸合成系酵素遺伝子の解析も行う予定である。さらに、CRISPR/Cas9系を用いて患者iPS細胞を修復し、修復した患者由来iPS細胞を骨格筋、肝臓、脂肪細胞へ分化させ、各種代謝作用のインスリン反応性やPI3キナーゼ及びその下流の分子の活性化メカニズムの詳細について検討する。具体的には、肝細胞へ分化させ、インスリンによるAktのリン酸化及びG6PCの発現量、さらには脂肪酸合成系酵素遺伝子の発現量を検討する予定である。肝細胞以外にも、iPS細胞を骨格筋へ分化させた上で(PLoS One. 8:e61540, 2013)、Aktのリン酸化を検討する。また、骨格筋細胞において糖取り込み能についても評価し、臓器によるインスリン作用の違いについても評価する予定である。それらの解析を行い、本症例のもつPIK3R1遺伝子変異がインスリンシグナルに及ぼす影響について評価する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
遺伝子解析において、発端者、両親、児の解析のみで疾患原因遺伝子を同定できなかった場合には、発端者の同胞4名の遺伝子解析を追加する予定であった。しかし、実際には遺伝子変異が同定できたため、追加の遺伝子解析は発生しなかった。そのために次年度使用額が生じている。今後の予算使用予定としては、同定された遺伝子変異の機能解析について、次年度は当初予定していなかったCRISPR/Cas9系を用いて患者iPS細胞の修復も行うこととなっている。したがって、それらの解析を行う際に、実験用試薬、細胞培養関連試薬などの研究費が新たに必要となり、次年度使用額を使用する予定である。
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