肝臓におけるインスリンシグナルは糖新生を抑止し、脂肪合成を促進する。脂肪肝モデル動物では肝糖新生の亢進、肝脂肪合成の促進という「肝選択的インスリン抵抗性」が認められる。非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD)は糖代謝異常と密接な関連があることが広く知られている。しかしながら、ヒト脂肪肝疾患においても「肝選択的インスリン抵抗性」が存在するかどうかについては不明であるため、本研究では9名の健常者、42名のNAFLD患者から得られた肝生検組織を用いて、インスリンシグナルに関係する遺伝子を中心に発現量を測定した。NAFLDではIRS-2の遺伝子発現が低下するとともに、糖新生に関連するPEPCKやG6Paseの遺伝子発現の増加を認めたことから、NAFLDではインスリンシグナルの減弱が示唆された。一方で、FASなどの脂肪合成に関連する遺伝子発現はNAFLDで増加し、さらにFASの発現はIRS-1の発現と正相関を認めたことから、脂肪合成においてはNAFLDにおけるインスリンシグナル亢進が示唆された。以上のことから、ヒト脂肪肝の病態においても「肝選択的インスリン抵抗性」という現象が認められ、インスリンの糖新生抑制経路または脂肪合成促進経路への調整にはIRSが関与していることを見出した。インスリン受容体には2つのアイソフォームがあり、「インスリン受容体タイプA」は細胞増殖に、「インスリン受容体タイプB」は糖代謝に強く関連することが知られている。本研究において、NAFLD(特にNASH)ではインスリン受容体タイプAとタイプBの発現比率が高いことが見いだされ、NASHにおける癌化における機序の一つである可能性が示唆された。NAFLDは糖尿病ともに世界的に増加している疾患であり、その病態基盤における共通性も認められることから、インスリンシグナルを介した「肝選択的インスリン抵抗性」をヒトで明らかにしたことは、今後の脂肪肝診療に重要な意義があると考える。
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