脳はグルコース代謝だけでなく、脂肪酸代謝を活発に行っている臓器でもある。脳内の脂質はグルコースからも供給されるが、多くは血液脳関門を介して末梢から供給される。したがって、脳はグルコース代謝を中心としながらも脂肪酸代謝においても末梢組織と同様の調節機能を備えている。中でもDHAはエネルギー源であるとともに、正常な脳の成熟や機能に中心的な役割を果たす主要な多価不飽和脂肪酸である。しかし脳内にDHAの合成酵素はなく、末梢から供給される必要がある。 Mfsd2はDHAのトランスポーターとして末梢のDHAを脳内に供給する役割を果たすことが2014年に明らかとなった。本研究は、末梢のDHAが十分であるにもかかわらず、普通食摂餌下飼育でも脳内のDHAが欠如するMfsd2ノックアウト(KO)マウスの解析を通じて、脳内DHAが個体の成長過程において中枢神経発達にどのような影響を及ぼしているのか、エネルギー代謝調節機構、および食物選択行動調節機構にどのような影響を及ぼしているかを解明する。Mfsd2 KOマウスの自由行動および8方向放射状迷路試験における行動解析で、様々な行動異常がみられた。これら行動異常をきたす原因として、注意欠陥、認知機能低下、記憶力低下、集中力低下、不安障害、が考えられた。この結果は、脳内DHAの欠如がマウスの発達遅滞、発達障害をきたしていると考えられ、ヒトの乳幼児期小児期におけるDHAの神経発達上の重要性を示唆するものと思われる。運動機能で平衡感覚の低下がみられたことから小脳機能障害が疑われるとともに、運動機能の観点からも脳内DHAが重要であるとことが示唆された。組織学的にはKOマウスの脳は萎縮(低形成)していた。また、嗅覚異常を伴なっている可能性が示唆された。Mfsd2 KOマウスの出生後72時間以内の死亡率が高いが、その死因は不明であった。
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