オキシトシン受容体遺伝子のイントロン配列内に多数同定されている自閉スペクトラム症関連SNP(一塩基多型)は、社会性行動の多様性と相関することが報告されているが、蛋白質をコードしないイントロン配列の個人差が、オキシトシン受容体発現様式にどのような影響を与え、神経回路網を変化させ、表現型に至るのかは未知のままである。本研究の目的は、社会性行動に関わる脳領域におけるオキシトシン受容体発現制御モジュール(エンハンサー)を同定し、その塩基配列の個人差による受容体発現パターン・発現量変化が自閉スペクトラム症リスクを説明しうるかを明らかにすることであった。研究開始当初は、ヒトゲノム配列を有するBAC(細菌人工染色体)を用いてトランスジェニックマウスを作製し、マウス個体内でヒト固有のエンハンサー活性を可視化することによりエンハンサー領域を同定する手法を試みたが、その後、マウス受精卵でのCRISPR/Cas9ゲノム編集法が急速に進展したため、先進の技術を最大限に取り入れ、より今後の研究展開に有用なマウスモデル作製と解析を行う方向へ転換した。具体的にはまず、エンハンサー解析に必要な「オキシトシン受容体発現を正確に可視化できるレポーターマウス」を作製した。オキシトシン受容体に対する抗体は特異性が低く、既存のレポーターマウスも内在性発現様式の正確な再現ができていなかったため、この新たな系統は有用性が高い。更にその受精卵を用いて、前述のイントロン配列を完全に欠いた系統を作出し、社会性行動に関わる脳領域における受容体発現様式がイントロン配列の有無により異なるか否かを解析中である。ただし、そのイントロン配列はマウスとヒトでは保存性が低いため、ヒト配列のエンハンサー活性を知るためには、マウス遺伝子をノックアウトした後、ヒト遺伝子をノックインした「ヒト化マウス」が必要であると考え、現在作製中である。
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