研究課題/領域番号 |
16K10019
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研究機関 | 山梨大学 |
研究代表者 |
赤羽 弘資 山梨大学, 総合研究部, 助教 (90377531)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | T細胞型急性リンパ性白血病 / TYK2 |
研究実績の概要 |
T細胞型急性リンパ性白血病 (T-ALL)の予後は、近年の強化された化学療法レジメンの導入によって大幅に改善されたが、初期治療に不応の症例や再発症例の予後は依存として不良である。本研究では、T-ALL細胞の生存がJAK tyrosine kinase familyの一員であるTYK2に依存しているという知見をもとに、TYK2の阻害がT-ALL細胞において細胞死(アポトーシス)を誘導するメカニズムを解明し、TYK2を標的とした治療法を開発・発展させることを目的としている。本年度は米国Nimbus Therapeutics社の新規TYK2選択的阻害剤であるNDI-031301を用いて、T-ALLに対する抗腫瘍効果とそのアポトーシス誘導の機序について検討した。 NDI-031301は解析したヒトT-ALL細胞株4株すべての増殖を抑制し、添加72時間でのIC50値は0.82 - 2.38μMであった。この効果はJAK選択的阻害剤であるtofacitinibとbaricitinibのそれよりも強力であり、NDI-031301はヒトT-ALL細胞株においてアポトーシスを誘導することも確認された。次にNDI-031301によるアポトーシス誘導の機序を解明するために、ヒトT-ALL細胞株のKOPT-K1にNDI-031301を添加して生存シグナルに関連した蛋白の発現とリン酸化状態を解析したところ、NDI-031301はSTAT1のリン酸化を抑制するだけでなく、MAPKシグナル伝達経路であるERK、SAPK/JNKおよびp38 MAPKの活性化を誘導することも確認された。MAPK経路の活性化はnegative selectionによる胸腺細胞のアポトーシスにも関与することが報告されているため、TYK2はこの経路を抑制することでT-ALL細胞の生存維持に寄与している可能性が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでの解析で、我々は新規TYK2選択的阻害剤であるNDI-031301がヒトT-ALL細胞株においてその増殖を強力に抑制し、アポトーシスを誘導することを確認した。また、NDI-031301によるT-ALL細胞のアポトーシス誘導の機序として、STAT1リン酸化の抑制だけでなく、MAPKシグナル伝達経路であるERK、SAPK/JNKおよびp38 MAPKの活性化が関与している可能性を見出した。STAT1リン酸化の阻害はJAK選択的阻害剤であるtofacitinibとbaricitinibの添加後にも認められたが、これらの薬剤ではアポトーシスが誘導されなかったことから、NDI-031301で誘導されるT-ALL細胞のアポトーシスにはSTAT1リン酸化の阻害よりもMAPK経路の活性化が重要な役割を果たしていると考えられる。このようなNDI-031301の殺細胞効果については、TYK2阻害の影響ではなく薬剤のoff-target効果である可能性も考えられるため、TYK2遺伝子のノックダウンで同様の現象が認められるかを確認する必要があり、現在そのための実験を計画している。T-ALLにおいてTYK2阻害で誘導されるアポトーシスの分子生物学的機序を同定することは、同疾患に対してTYK2の標的療法を実用化するのに必須であり、得られた知見はより有効な薬剤併用療法を確立するために重要な情報になると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
(1) TYK2阻害で誘導されるT-ALL細胞のアポトーシスの分子生物学的機序の解明 前述のようにNDI-031301で誘導されるT-ALL細胞のアポトーシスにはMAPK経路の活性化が重要な役割を果たしている可能性があるため、TYK2遺伝子のノックダウンで同様の現象が認められるかをヒトT-ALL細胞株を用いた実験で検証する。TYK2のノックダウンで特定のMAPK経路の活性化が誘導される場合には、そのシグナルの活性化がTYK2阻害のアポトーシスに関与している可能性を検討するために、そのシグナルの構成因子を分子標的薬で特異的に阻害するか、あるいはCRISPR-Cas9システムでノックアウトすることでTYK2阻害によるアポトーシスが救済されるかどうかを確認する。 (2) TYK2選択的阻害剤を用いた薬剤併用療法の開発 TYK2選択的阻害剤について、ヒトT-ALL細胞株に対する各種抗がん剤との併用効果を、Isoborogram解析を用いて検討する。対象となる抗がん剤については、臨床的にT-ALL患者の治療で用いられているPSL、VCR、DRNおよびL-aspを予定している。また、(1)の実験で明らかになったTYK2阻害によるアポトーシス誘導の分子生物学的機序から、TYK2選択的阻害剤と相乗効果が期待できる分子標的薬を検討し、ヒトT-ALL細胞株における実際の併用効果をIsoborogram解析で確認する。
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次年度使用額が生じた理由 |
本解析の大部分は、研究室および実験機器センターの既存の設備で解析が可能であるため、実際には細胞株の維持や細胞株の分子生物学的解析・薬剤添加試験にかかる消耗品購入費用が研究経費の大部分を占めた。TYK2選択的阻害剤によるアポトーシス誘導の機序を解明するために生存シグナルに関連した蛋白の発現とリン酸化状態をWestern Blot法で解析したが、使用した複数の抗体はすでに施設が保有していたものを利用したため、当初予測したよりも少ない経費で解析することが可能であった。
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次年度使用額の使用計画 |
前述のように、本解析の大部分は研究室および実験機器センターの既存の設備で解析が可能であるため、実際には細胞株の維持や細胞株の分子生物学的解析・薬剤添加試験にかかる消耗品購入費用が研究経費の大部分を占める。具体的な必要経費については、これまでの実験で使用した消耗品や抗体・各種試薬などにかかった経費をもとにして積算した。消耗品のうち最も経費を要するのが白血病細胞の培養系で、牛胎児血清とサイトカインのためにそれぞれ30万円、培養容器のために10万円を計上した。shRNA導入キットについてはApplied Biosystem社の既製品を購入して使用する予定であるため、このために15万円を計上した。Isoborogram解析に使用するソフトウェアに関しては、Biosoft社のCalcuSyn 2.0を購入する予定であるため、このための費用として11万円を計上した。
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