研究課題
従来、肺動脈性肺高血圧症では径200-500μm前後の抵抗血管と呼ばれる末梢肺小動脈のリモデリングに伴う血管抵抗の上昇が疾患の本題とされてきた。一方、最近の研究によって、中枢側肺動脈の硬化(血管キャパシタンスの低下)が肺高血圧症の重症度を左右する独立した要因であることが明らかになってきた。しかし、中枢側肺動脈の硬化を直接的に定量化した報告はなく、硬化を引き起こす機序も明らかにされていない。本研究では、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、肺高血圧症患者由来の肺動脈平滑筋細胞や肺動脈組織そのものの粘弾性(レオロジー)を定量化することで、肺高血圧症における中枢側肺動脈の病態と、肺高血圧症治療薬が中枢側肺動脈に及ぼす影響を検討することを目的としている。具体的には、①AFMを用いたヒト中枢側肺動脈に由来する平滑筋細胞の細胞粘弾性測定と、既存の肺高血圧治療薬添加時の粘弾性変化の評価、②AFMを用いた肺高血圧症モデルラットの中枢側肺動脈の組織粘弾性測定と、既存の肺高血圧治療薬添加時の粘弾性変化の評価、③肺高血圧症モデルラットの中枢側肺動脈に由来する各種細胞の細胞粘弾性測定と、既存の肺高血圧治療薬添加時の粘弾性変化の評価、の3つの項目について実験・検討を行っていく。これまでの成果として、①の健常人と肺高血圧症患者の中枢側肺動脈に由来する平滑筋細胞についてAFMを用いて細胞粘弾性の測定を行い、患者由来平滑筋細胞の細胞粘弾性は健常人由来細胞の粘弾性に近い値を示す群と、より粘弾性の高い(硬い)群の二群に分けられること、またシルデナフィルを添加することで患者由来細胞の二群ある粘弾性分布のうち、粘弾性の高い群に属する細胞の比率が減少することが明らかとなった。
2: おおむね順調に進展している
平成28年度に計画していたAFMを用いたヒト中枢側肺動脈由来平滑筋細胞の粘弾性測定について、計画通り我々が健常人由来・患者由来の細胞粘弾性の分布を測定した。結果、患者由来細胞の粘弾性は、健常人由来細胞の粘弾性に近い値を示す群と、より粘弾性の高い(硬い)群の二群に分けられることが明らかになった。また、既存の肺高血圧治療薬であるシルデナフィルを添加して細胞を培養した後にAFM測定を行うと、健常人由来細胞の粘弾性に有意な変化は認められなかったが、患者由来細胞の粘弾性分布では粘弾性の高い群に属する細胞の比率が減少した。これらの結果から、患者由来細胞のうち、一部の細胞がシルデナフィルに反応し粘弾性が減少した(弛緩した)可能性が考えられた。一方、肺血管拡張作用のある酸素、一酸化窒素投与下での細胞粘弾性測定を計画していたが、これらについては技術的困難を伴ったため測定を行うことができなかった。
平成28年度に行ったヒト中枢側肺動脈由来平滑筋細胞の粘弾性測定と、シルデナフィル添加時の粘弾性変化の評価に加え、マシテンタン、リオシグアト、プロスタサイクリンなどによる粘弾性変化についても同様の実験系で評価を行う。また、VEGF阻害剤であるSU-5416を投与後に0.5気圧の低圧チェンバーで3週間飼育し、さらに大気圧下で2週間飼育することで作成できる肺高血圧症モデルラットについて、これらのラットから肺動脈本幹と肺門部より中枢側の左右肺動脈を摘出し、動脈壁を切開することで1mm四方程度の肺動脈壁検体を作成、AFM測定用基板に固定し、組織全体として中枢側肺動脈に粘弾性変化が生じているかを評価する。加えて、測定時に既存の肺高血圧症治療薬を加えることで肺動脈壁の組織粘弾性に変化が生じるか検討する。さらに、中枢側肺動脈から平滑筋細胞・外膜繊維芽細胞を単離・培養し、AFMを用いて細胞粘弾性の測定を行い、肺高血圧症治療薬添加による細胞粘弾性の変化を評価することで、肺高血圧症の病態と治療薬への反応について、どの細胞種が最も寄与しているのかを検討する。
すべて 2016
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件)
Mol Ther Methods Clin Dev
巻: 3 ページ: 16044
10.1038/mtm.2016.44