研究課題/領域番号 |
16K10256
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研究機関 | 獨協医科大学 |
研究代表者 |
甲斐 信行 獨協医科大学, 医学部, 助教 (50301750)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 意思決定 / 依存・嗜癖 / 報酬系 / ギャンブリング課題 / オプトジェネティックス / 腹側淡蒼球 |
研究実績の概要 |
依存症の中核的特徴である「やめたくてもやめられない」状態は、依存や嗜癖行動の本質が意思決定に関わる異常であることを示唆しているが、意思決定の異常が依存をもたらす仕組みについては研究がまだ進んでいない。当該年度は昨年度実施状況報告書に記載の通り、前脳深部に位置する側坐核に入力する中脳ドパミン神経からの報酬予測誤差信号が、その下流でどのように動物の意思決定システムに働いて行動を変容させるかを調べる目的で、ギャンブル課題を遂行中のラットの行動に腹側淡蒼球の神経活動が及ぼす影響を調べるための研究を実施した。腹側淡蒼球は側坐核と双方向の神経線維の連絡を持ち中脳腹側被蓋野に投射する部位であることから、中脳由来の報酬予測誤差信号に対するフィードバック回路を形成すると考えられるが、ギャンブル課題でこの部位が果たす役割は分かっていない。当該年度は、昨年度に確立したギャンブル課題の実験条件下において腹側淡蒼球の神経活動を任意のタイミングで操作するため、オプトジェネティックスの手法により腹側淡蒼球の神経活動を可逆的に操作可能なラットを作成した。神経細胞に感染して光刺激により活動電位を生成するチャネルロドプシンタンパクを発現するウイルスベクターを腹側淡蒼球に局所注入して、ベクターのマーカーである緑色螢光タンパクが腹側淡蒼球に限局して発現することを確認した。次に、課題遂行中のラットに光刺激を与えるために光ファイバーを両側の腹側淡蒼球に留置する手術の手法を確立し、両側の腹側淡蒼球にファイバー先端が正しく挿入されていることを確認した。さらに、ギャンブル課題においてラットが高リスク―高リターンの選択肢を選んだ結果として高リターンの報酬が得られたときにだけ光刺激が行われるように、オプトジェネティックス装置のプログラム改変と装置の改造を行い、実験の狙い通りの条件で光刺激ができるように改造されたことを確認した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
当該年度は最初に、昨年度の予備実験においてギャンブル課題を学習して安定したリスク選好率を示すラットに対して、腹側淡蒼球の興奮性薬物による局所破壊を行い、学習後の破壊が課題の遂行に及ぼす影響を調べた。その結果、学習後に腹側淡蒼球を破壊してもラットのリスク選好率に変化は生じないことが分かった。この結果から、今回のギャンブリング課題においてラットが高リスクな行動を選ぶ割合が一たび確立した後は、その割合は腹側淡蒼球を破壊しても変わらず、腹側淡蒼球は高リスクな行動の表出頻度自体には影響を及ぼさないことが明らかになった。本課題のように実験の繰り返しによって動物が一定の行動パターンを獲得し、その後のセッションで毎回ほぼ同じ行動パターンが表出される場合、脳部位の破壊などの実験操作が行動パターンの獲得と表出のどちらに影響するのかを調べることは研究手続き上必須であるが、腹側淡蒼球は行動の表出には無関係であることが判明したため、今後は行動の獲得における役割に焦点を絞った研究をして問題ないことが示された。そこで、次の本実験では最初のセッションから光刺激を行い、最終的に高リスクな行動の選好率がどのように変わるのかを調べることにした。次に行う予定でいたウイルス注入の予備実験に着手する直前に、予期していなかった健康上の問題で研究者が5週間の入院と安静を余儀なくされ、昨年度からやや遅れていた実験計画に遅れがさらに生じたが、その後の注入実験で腹側淡蒼球へのウイルスベクターの感染を確認することが出来た。次いで研究目的に適した刺激を行うためのオプトジェネティックス装置のプログラム改変と装置の改造に着手したが、装置納入業者が当初可能だと説明していた改造が出来ずに必要な機能がえられず、業者に装置を引き上げさせて原因究明と機能の実装を行わせたが、それに3か月の期間を要してその間実験ができなかったために研究が遅延した。
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今後の研究の推進方策 |
今年度は腹側淡蒼球の光刺激が近視眼的意思決定を誘発するか否かを調べる本実験を行う。この行動実験には1回につき約一か月の実験期間が必要で、統計的に有意な結果を得るためには2回以上の実験が必要なことがこれまでの実験結果から分かっている。有意な結果が得られた場合は研究計画調書に記載の通り、近視眼的意思決定が誘発されたラットの薬物に対する依存性を調べる実験に続いて着手する。もし予期した結果が得られなかった場合は以下の二つの方策を検討する。 (1)これまでに使っていたものとは逆の作用を持つウイルスベクターの注入により、光刺激によって腹側淡蒼球の神経活動を抑制する実験に切り替える。腹側淡蒼球には文献的に興奮性の神経伝達物質を含有する神経細胞と抑制性の神経伝達物質を持つ細胞の両方があることが分かっている。現在用いているベクターは感染する神経細胞の選択性を持たないタイプであるが、興奮性あるいは抑制性の神経伝達物質を持つニューロンのみに感染する選択性の高いベクターに切り替えることも併せて検討する。 (2)上記の方法によっても近視眼的意思決定の誘発が認められなかった場合は、研究計画調書に記載の通り、光刺激部位を脳の異なる部位(島皮質など)に切り替える。 本年度は以上の実験計画に基づく行動実験に注力し、本研究計画の目的である近視眼的意思決定を生み出す神経機構と依存症とのつながりの解明を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究の進捗状況に遅れが生じたため、当該年度に使用予定だった実験動物及び試薬等の予算執行にも遅れが生じた。次年度に行うオプトジェネティックス実験及び薬物依存性を調べる実験において用いる消耗品購入のために使用予定である。
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