依存症の「やめようとしてもやめられない」病態は、薬物依存や嗜癖行動の本質が行動選択に関わる意思決定の異常であることを示唆する。しかし、意思決定の異常により依存や嗜癖が誘発される仕組みはほとんど解明されていない。報告者はこの問題に取り組むため、ヒトの意思決定プロセスの障害の評価法であるアイオワ・ギャンブリング課題を応用した新たな行動実験系をラットを用いて開発した。この課題(以下ギャンブル課題)では、報酬を得られる確率が低いが当たれば大きな量の報酬が得られる高リスク・高リターンの選択肢と、報酬獲得の確率は高いが報酬量が少ない低リスク・低リターンの選択肢をラットに選択させ、ハイリスクの選択肢を選ぶ割合(リスク選好率)を実験群と対照群で比較する。次に報告者は報酬で活性化される脳部位である腹側淡蒼球(VP)に着目し、ギャンブル課題におけるVPの役割を調べた。ギャンブル課題の経験後にVPを破壊されたラットが示すリスク選好率は破壊前と変わらなかった。次に、VPの神経活動を光刺激で活性化できるラットを作成し、ギャンブル課題の遂行中にVPを活性化された経験を持つラットのリスク選好率を、光刺激を受けなかった対照群と比較したところ、リスク選好率に違いは認められなかった。その原因としてVPで活性化される神経細胞の種類の違いにより効果が相殺されて行動が変化しなかった可能性が考えられた。これを検討するため、GABAを用いた神経伝達を行うVPの神経細胞を選択的に興奮させることができるラットの作成に着手したが、この細胞が依存性の行動に働くことが他の研究グループにより先に報告された。このため、本研究で確立したギャンブル課題を用いた新たな研究の展開を意図して、動物実験において薬物依存の抑制効果を持つ化合物がギャンブル嗜癖の抑制にも効果を示すか否かを調べる研究を、岡山理科大学及び杏林大学との共同研究で開始した。
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