本研究では当初計画した「EMAST細胞の濃縮」が予想通りに進捗しなかった。そこで、打開策として、濃縮前の細胞を対象に実施したDNAマイクロアレイ解析による遺伝子発現データを精査し、悪性化に繋がる分子の候補を検索した。 既存データを精査した結果、EMAST誘導条件下で発現が亢進する遺伝子として、細胞膜貫通型受容体TrkBが浮上した。TrkBは本来神経発生に重要な分子で、神経芽腫での悪性度指標としての意義が広く認められている。TrkBが大腸癌ではどのように細胞の悪性化に関わるのかを知るために、まず、大腸癌細胞株SW480とSW620を用いて、発現量の変化や細胞増殖に対する影響など基礎的な検討を行った。まず、TrkBの発現を調べたところ、低酸素下ではいずれの細胞株でもTrkB遺伝子の発現が亢進することがわかった。発現量の変化が低酸素下での細胞の増殖を支配しているかを知るために、TrkBの阻害剤ならびにsiRNA法による発現抑制(遺伝子ノックダウン)による影響を調べた。ただし、上記細胞株ではもともとのTrkB発現量が少なく判別がしにくい欠点があった。そこで、事前に低酸素下でのTrkB遺伝子の発現亢進を確認でき、かつ、大腸癌細胞株より明瞭に発現が検出できる神経芽腫細胞株SK-N-SHをモデルとして用いた。その結果、TrkBに選択的に働くと考えられている阻害剤でも、siRNA法によるTrkB遺伝子ノックダウンでも、低酸素下での細胞増殖は抑制された。以上の結果から、EMASTを誘導する条件下で発現が亢進するTrkBは、すなわち、低酸素下での細胞の増殖を正に制御していることが示された。
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