研究課題
Glucose transporter 1: Glut1は、細胞膜上に存在して、能動的輸送によってグルコースの取り込みを行う。Glut1は正常上皮細胞では通常発現していないが、多くの上皮系悪性腫瘍において発現が上昇しており、前述の悪性腫瘍特有の代謝に重要な意義を持つと思われる(Carvalho, Clinics 2011)。膵癌におけるGlut1発現の意義はこれまで少数例での報告に留まっている(Lyshchik、 Cancer Invest 2007)。我々はこれまでに、食道扁平上皮癌手術症例145例におけるGlut1の発現と臨床病理学的因子、および生命予後との関わりについての解析をおこなった。Glut1の発現は独立した予後不良因子であり、また血行性転移に有意な関係を認め、論文として発表した。(Sawayama, Ann Surg Oncol 2013)。今回我々は膵臓癌においてGlut1の発現と臨床病理学的因子および生命予後との関わりについての解析を行っている。熊本大学消化器外科及び済生会熊本病院外科において通常型膵癌(浸潤性膵管癌)に対して膵切除手術をおこなった137例について、Glut1の発現を免疫染色で解析した。Glut1の発現はPET-CTの早期相、遅延相おけるSUV max値と有意に相関した。つまりSUV max値からGlut1の発現の程度を予測しうると思われた。多変量解析においては、Glut1は独立した予後不良因子とはならなかった。しかしSUVmax値は、無再発生存期間(P=0.0081)、全生存期間(P=0.017)における独立した生命予後不良因子であった。Glut1は、あたらしい癌治療のターゲットとなると考えられる。今後はin vivo, in vitroの解析を進める。
2: おおむね順調に進展している
今後、膵癌非切除症例のGlut1の発現についても解析する予定である。Glut 1の発現の解析には病理組織サンプルが必須である。診断時に遠隔転移を伴い根治切除が不可能であった症例において免疫染色で十分な評価が可能な病理組織サンプルを得るのは、通常では困難である。当科では原則的に全例で超音波内視鏡下針生検での確定診断を得ることにしている。この手法で得られたサンプルを免疫染色に用いるためには、穿刺回数を増やして解析用のサンプルを採取する必要があり、患者に侵襲が加わる。遠隔転移巣を伴う症例を解析するという目的で、根治切除後に生じた遠隔転移再発を対象に検討した場合も、病理組織の採取は通常困難である。膵癌根治切除後に生じる転移再発部位としては、局所再発、腹膜播種、肝転移、肺転移、稀であるが残膵再発がある。他の消化器悪性疾患、たとえば大腸癌であれば、ガイドラインでも肝転移巣に対する肝切除術が推奨されている。膵疾患であっても、膵神経内分泌腫瘍であればガイドラインで肝転移巣の切除が推奨されている。このような疾患では、肝転移巣の切除サンプルを用いて解析することが容易である。しかし膵癌では、転移巣の外科的切除が生命予後を延長するというエビデンスが無く、ガイドラインでの推奨はない。つまり一般的に膵癌遠隔転移巣の切除サンプルを用いた解析は困難である。我々は診断などを目的に切除した膵癌の遠隔転移の切除サンプルを8例保有している(肝4例、皮膚筋肉転移2例など)(Hashimoto D, Asian J Endoscopic Surg 2015)。このような膵癌遠隔転移を解析対象とし、SUV max値、Glut 1の発現についてもデータベース化し、臨床病理学的因子、治療内容(抗腫瘍薬)、生命予後との相関を解析し、その意義を明らかにする。
前述の様に我々は膵臓癌においてGlut1の発現は予後と関連することを示した。また、Glut1の発現は血行性転移と有意に相関した。しかしその機序ははっきりしていない。Glut1はVEGFなどとともに癌細胞の生存能力、血行性転移の重要な因子となっている可能性がある。これらを、膵癌細胞株(PANC-1、MIA PaCa-2、BxPC-3)を用いて検証する。膵癌細胞株のGlut1の発現をsiRNAにより抑制することで、既存の膵癌に有効な抗癌剤(ゲムシタビン、5-FU)に対する感受性が変化ことを確認する。これによりGlut1が新しい膵癌治療のターゲットとなり得るかが示される。Glut1は正常組織での発現が少なく、癌組織で有意に発現が上昇しているので、Glut1をモノクローナル抗体等で特異的に阻害することが全く新しい膵癌に対する分子標的治療法となりえる。我々は以前、熊本大学生命資源研究・支援センター准教授大村谷昌樹とともにRat elastase I promoter/enhancerを用いて膵特異的Cre発現マウスを樹立した(Hashimoto D et al. J Cell Biol 2008)。これを用いて、膵特異的に変異型癌遺伝子K-RasG12Vを発現するマウスを作成する(Elas/K-RasG12V)。Elas/K-RasG12Vマウスをp16/p19ノックアウトマウス(Navas C et al. Cancer Cell 2012)と交配することで膵癌モデルマウスを樹立する。この膵癌モデルマウスを用いて、Glut1の発現を阻害することで腫瘍サイズ、転移巣の出現、マウスの生存率が変化すること、並びに安全性を検証する。また膵癌治療のkey drugである抗癌剤5-FU、S-1、ゲムシタビンとの併用投与の効果と安全性を検証し、臨床応用を目指す。
理由:医局内保管の試薬・消耗品を使用することができたため。使用計画:主に実験試薬、消耗品の購入及び、実験動物(マウス)の購入・飼育費に充てたいと考える。また、研究成果発表および情報収集のための旅費、実験データの管理、資料整理等のため事務補佐員の雇用経費にも充てたい。
すべて 2017
すべて 雑誌論文 (5件) (うち査読あり 5件) 学会発表 (5件)
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