左心室の容量(Ved)は、心臓の前負荷の指標であり、これを一定範囲内に保てば血圧も正常値に維持されるので、循環動態の安定のために重要な要素である。特に全身麻酔中は、麻酔薬そのものが交感神経系を弛緩させ血管拡張をきたすし、手術侵襲の疼痛刺激は、交感神経系を賦活して血管収縮をきたし、後負荷も前負荷も増加させる。また、出血は循環血液量を減少させ、前負荷を減少させる。このように、全身麻酔中は様々な状況が想定されるが、Vedがモニタできれば、手術侵襲に応じて麻酔薬が投与でき、循環血液量の過不足も容易に判断できる。しかし、Vedのモニタは、非観血的な方法としては超音波診断装置を要し、測定できる施設が限定され、また、その変化を経時的にはモニタできない。本研究によって、Vedは、通常の臨床モニタの組み合わせによって、いつでもモニタすることが可能であることが明らかとなったが、一方、心音(第II音)のピックアップのタイミングによる測定値のバラツキが大きいことも明らかとなった。また、モニタとして臨床応用するには、心電図や動脈圧波形などのアナログデータのデジタル変換や計算処理、結果の表示など、同時に多量の計算・処理作業を必要とし、データ処理のアルゴリズムや計算処理のプログラムに専門的な知識・技術を要することも明らかとなった。こういった研究成果を関連学会・学術集会で報告を重ねるうち、日本光電株式会社がその結果に関心をもち、アルゴリズムやプログラムの改善など共同研究が始まった。その結果、日常診療の電子麻酔記録器にVedの測定結果が常に表示されるようになったが、数値のバラツキについては改善の余地がある。これを克服すれば、循環血液量の調節について革新的な指標となり、輸液・輸血のタイミングや投与量の指標となる。また、心臓大血管手術時に人工心肺から離脱するときなどにモニタとして有用であることが期待できる。
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