精子に対する自己抗体(抗精子抗体)は不妊症の原因の1つと考えられている。我々の研究グループが樹立した自己抗体由来の抗精子単クローン抗体Ts4は、マウスの体外受精阻害能を有し、さらに糖鎖構造の1つであるバイセクト型N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)への反応を介して複数の糖タンパク質を認識している。免疫組織化学的検討により、本抗体は成獣の精子・精巣内生殖細胞、及び初期胚に反応するが、一方卵細胞や体細胞には反応しないことが明らかとなっている。さらに胎生期から成獣にかけての精巣内 Ts4反応分子の局在と生化学的特徴を解析したところ、Ts4反応分子の発現は胎生期の精巣から認められ、その局在は成熟に伴い変化し、生後22日以降では成獣精巣と同様の局在を示した。また生後1日から成獣までの精巣をウェスタンブ ロット法で解析したところ、生後29日以前では約65 kDa、それ以降では生殖細胞特異的分子TEX101に対応する38 kDaの分子がTs4によりそれぞれ検出された。以上の結果より、本抗体の抗原決定基であるバイセクト型GlcNAcは受精や雄性生殖細胞の形成に関与することが想定されるが、その詳細は未だ不明である。そこで本研究ではまずこの65 kDa分子をTs4の標的候補分子として解析を進めた。免疫沈降後、SDS電気泳動・銀染色を行い質量分析した結果、複数の候補分子が得られ、その中で核膜孔複合体を構成するタンパク質の1つであるNUP62がTs4反応性糖鎖で修飾されていることが判明した。本研究により、成熟に伴い雄性生殖細胞上のTs4反応糖鎖被修飾分子が変化することが初めて明らかになり、さらに本抗体が反応するバイセクト型GlcNAc糖鎖は、NUP62を介して幼獣の雄性生殖細胞の成熟に関与することをが強く示唆された。
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