中耳真珠腫や癒着性中耳炎の術後の粘膜が欠損した骨面上に早期に中耳粘膜が再生されれば、術後の真珠腫の再形成や鼓膜の再癒着の予防が可能と考え、我々は中耳粘膜の再生を目的に研究を行ってきた。外耳道後壁保存型鼓室形成術では、術後生理的な外耳道形態を保持できる利点があるものの、真珠腫の再発が問題となる。このうち、遺残性再発については内視鏡の導入により以前に比べ抑えられてきているが、しかしながら再形成性再発については今でも確実に防止する方法はなく、また、鼓膜の再癒着を確実に防止する方法も未だ確立されていない。これらの問題を解決するために、われわれは鼓室形成術の際に、自己の培養上皮細胞シートの移植を併用するという新たな術式を開発した。鼻内の粘膜より採取した上皮細胞をシート状に培養加工するもので、この細胞シートは患者由来の鼻腔粘膜上皮細胞を生体外で加工したヒト体細胞加工製品であり、中耳真珠腫や癒着性中耳炎に対して行われる鼓室形成術の治療成績を改善させると考えている。 培養細胞をヒトの中耳へ移植する初の再生医療として、ヒト幹細胞臨床研究を開始し、その後、再生医療安全性確保法に従って臨床研究を継続し、これまでに中耳真珠腫および癒着性中耳炎の患者全15症例に対して細胞シート移植を実施した。そのうち3例は多施設共同研究として細胞シート輸送技術により聖マリアンナ医科大学で細胞シート移植を実施した。作製した自己の培養上皮細胞シートはいずれも設定された品質基準を満たし、全ての症例において安全に移植することに成功した。 これまでの結果により中耳手術における新たな治療法の可能性が示唆され、この新規治療法の実用化のために、今後は医師主導治験を計画しており、治験に向けた非臨床安全性試験、治験プロトコール作成、臨床POC(proof-of-concept study)取得に向けて目下準備中である。
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