研究課題/領域番号 |
16K11230
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
北村 守正 京都大学, 医学研究科, 助教 (60543262)
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研究分担者 |
大森 孝一 京都大学, 医学研究科, 教授 (10233272)
平野 滋 京都府立医科大学, 医学(系)研究科(研究院), 教授 (10303827)
楯谷 一郎 京都大学, 医学研究科, 講師 (20526363)
岸本 曜 京都大学, 医学研究科, 特定病院助教 (80700517)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 声帯 / 上皮間葉移行 / 傷害 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、組織幹細胞の候補と考えられる上皮間葉移行細胞を声帯内で確認し、同細胞の特徴を評価することである。 上皮間葉移行とは上皮細胞がその性質を失い間葉系細胞としての性質を新たに得る変化であるが、組織幹細胞最大の特徴でもある多分化能が誘導された状態であるともされる(Thiery, 2009)。一般に上皮間葉移行がおこる状態は、胎生期などの臓器形成時、創傷治癒時、そして上皮悪性腫瘍の上皮下浸潤時の3つの状態に大別され、特に組織再生時に生じる上皮間葉移行細胞はコラーゲンを産生し瘢痕治癒に影響することが他臓器で示されている(Iwano, 2002)。声帯粘膜損傷後に生じる瘢痕声帯はその治療方法が依然として確立されておらず臨床上の課題となっており、その治癒過程に影響を与えるであろう上皮間葉移行細胞の理解は将来の治療戦略を確立する上で重要である。一方で声帯における上皮間葉移行研究の現状は、その損傷時に上皮間葉移行細胞が治癒過程で果たす役割はおろか、上皮間葉移行がおきているのかどうかですら未だ不明なままにとどまっている。本研究ではK5Cre系統(上皮基底層に発現するタンパクであるサイトケラチン5(K5)のプロモーター下流にDNA組み換え酵素であるCreの遺伝子が配列された遺伝情報を有する)とCAG-td Tomato系統(Creが発現した細胞において非可逆的なDNA組み換えが起こり赤色蛍光タンパクであるTomatoが産生されるよう遺伝情報を改変)をかけ合わした遺伝子組み換えマウスを用いている。このマウスでは(声帯粘膜)上皮基底層に一旦分化したことがある細胞はTomatoを産生し続け、上皮細胞のみならず上皮間葉移行を起こした後の細胞, さらにはその娘細胞もTomatoで標識されることを利用し、声帯粘膜損傷時における上皮間葉移行の有無の評価を行っている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本実験に先立ち、同遺伝子組み換えマウスの無傷害の声帯におけるTomato陽性細胞の分布確認を行ったところ、声帯粘膜上皮全層と喉頭腺に一致してTomato陽性細胞が確認されるが、声帯粘膜固有層には認めなかった。サイトケラチン5の免疫染色でも声帯粘膜上皮基底層細胞と喉頭線に陽性細胞が分布することから、無傷害の声帯において上皮間葉移行は生じていないこと、粘膜上皮細胞は全てその基底層細胞由来であることが確認できた。さらにE-cadherin染色では声帯粘膜上皮全層と喉頭腺が染色され、Vimentin染色ではこれらの部位が染色されずに粘膜固有層に陽性細胞が認められた。これらの多重染色を行なうことで、本実験において上皮間葉移行細胞と誤認されうる、A) 切片作成中に粘膜固有層上に偶然紛れ込んだ上皮成分の破片(E-cadherin陽性となる)や、B) 炎症過程で増生した喉頭線の断端(Vimentin陰性となる)、といった成分を除外できることが確認できた。従って上皮間葉移行細胞の判断するにあたり4つの条件を全て満たすものとした; 1)粘膜固有層に存在すること、2)Tomato陽性の細胞であること、3)上皮マーカー(E-cadherin)陰性であること、4)間葉マーカー(Vimentin)陽性であること。 組織再生時の上皮間葉移行細胞を確認するため内視鏡下に遺伝子組み換えマウスの声帯を自作のピックを用いて損傷を行った。続いて、1、3、5、14日後の4つのタイムポイントにて喉頭を採取し7 μmの厚さで冠状断切片を作成、粘膜固有層内にある細胞を免疫組織染色にて評価した。その結果、損傷後1, 3, 5 日後の声帯では上皮間葉移行細胞を認めなかったが, 損傷14 日後の条件において全てのとも5-6切片に1細胞の割合で声帯粘膜固有層内に上皮間葉移行細胞を認めた。
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今後の研究の推進方策 |
傷害後の声帯に上皮間葉移行が生じていることが確認され、今後は同細胞の系譜をさらに追跡することで、声帯組織の修復機構の解明がさらに進むことが期待される。その一方で本実験系では上皮間葉移行細胞の絶対数が少なく、特徴評価を詳細に行なうにはより多くの上皮間葉移行が起きる傷害条件の検討が必要である。 肺、肝臓、腸管などにおいて上皮間葉移行細胞を確認した先行実験においては、慢性炎症環境下で上皮間葉移行細胞を同定しており、声帯においても慢性炎症が惹起された環境下であれば効率的に上皮間葉移行細胞を同定できる可能性が高いと予想される。他臓器では慢性炎症惹起させるのに薬剤の局所投与を用いている報告が多いが、マウスの声帯は非常に小さく局所への薬剤投与手技が確立されておらず、別方法の検討が必要である。現在リポ多糖類の経鼻投与などを用いた気道炎症モデル、ブレオマイシンなどの炎症惹起物質の全身投与モデル、放射線の局所照射などを検討している。さらに上皮間葉移行細胞が多数確認される条件が確認できれば、将来的にはセルソーターを用いて上皮間葉移行細胞を選択的に抽出し同細胞内での各種RNA転写量の定量評価をqRT-PCRを用いて行うほか、抽出された細胞の培養を試みた上でその特徴を改めて確認したい。 万一、上記の慢性炎症モデルでも得られる上皮間葉移行細胞の量がその後予定していた評価に不十分なものだったとしても、同細胞の最も重要な特徴であるコラーゲン産生能に関しては別方法で評価可能である。現在、本実験室ではⅠ型コラーゲン産生細胞がGFPで標識される、上記と別系統の遺伝子組み換えマウスを有している。Ⅰ型コラーゲンは組織修復やリモデリングの際に多量に産生され、上皮間葉移行細胞もその産生に関与するとされており、これらのマウスを掛け合わせることで上皮間葉移行細胞が如何に継続的にコラーゲンを産生しているかという評価が可能になる。
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