研究課題
播種性血管内凝固症候群(DIC)の本態は、著しい凝固活性化と微小血栓多発であり、進行すると不可逆的な臓器障害や出血症状をきたす。予後改善のためには、適切な診断基準の作成と病態に応じた早期の治療介入が必要である。DICモデルを用いた我々の検討では、充分な抗凝固療法を行っても、特に炎症の強い病態では微小循環障害や内皮障害に起因する臓器障害を伴うDICの進展は不可逆的であり、凝固活性化以外の要素が病態に深く関与していると考えられる。血管作動性物質は、DICの循環動態に影響を与える可能性が高いが、その意義は不明である。今回、DICモデルでの血管作動性物質の発現機序を解明し、内皮障害、微小血栓形成、臓器障害との関連を検討する。DICは、敗血症(LPS誘発モデル)型のDICに代表されるように臓器障害が前面に出る線溶抑制型DIC、急性白血病(組織因子誘発モデル)型に代表されるように出血症状が前面に出る線溶亢進型DIC、その中間の線溶均衡型DICに分類される。従来は、これら病態の差違にもかかわらず、画一的に診断されてきたことや、DICの本態である凝固活性化を反映するマーカーが診断基準に組込まれてこなかったことが、問題点であった。我々はこれまでに、的確に診断する能力を有したDIC診断基準を作成して論文および学会発表を行うとともに、その検証作業を推進した。大動脈瘤に起因するDICは炎症の関与が少ない一方で、時に大出血をきたす。また慢性に経過するために持続点滴治療は患者負担が大きい。ワルファリンはDICの病態を悪化させるが、直接経口抗凝固薬はDIC病態を劇的に改善することを見出し論文化した。出血性素因のために皮下血腫をきたすことで、FDPやD-ダイマーが高値となる病態でのDIC誤診例が少なくない。凝固因子に対する自己抗体を発現した出血性素因の的確な診断法を検討して、英文論文化した。
2: おおむね順調に進展している
DICの病型分類は、DICの病態解析、診断、治療法の開発などDIC研究の根幹に関わる極めて重要な概念である。線溶亢進~線溶均衡型DIC(組織因子誘発モデルに類似した病態)、線溶抑制型DIC(LPS誘発モデルに類似した病態)といったDICの病型分類は我々が世界で最初に提唱した考え方であるが、国際的に共有された概念とまでは言い難かった。我々は、論文および学会発表を通して、DICの病態の多様性について報告を行ってきた。また、違った病態を有するにもかかわらず画一的な診断が行われてきたこれまでの矛盾を指摘して、この矛盾を解消すべく新しい診断基準の作成を行いその検証作業を推進した上で、論文および学会発表を行った。この新しい診断基準が今後浸透することで、DICの臨床、研究レベルの向上が期待される。DIC診断の上で大きな比重をしめる血液凝固検査の意義およびその限界に関して、数々の学会学術集会での発表を行うとともに、総説論文や著書を通しても積極的に啓蒙活動を行った。大動脈瘤、解離性大動脈瘤などの血管疾患は、線溶亢進型DICを併発することで知られており、しばしば出血症状が問題となる。また、大動脈瘤に起因するDICは炎症病態に乏しいが慢性に経過するのが特徴であり、外来管理のためには経口薬治療が可能であれば理想的である。今回我々は、ワルファリンはDICに対して病態を悪化させるのに対して、直接経口抗凝固薬は速やかにDIC病態を改善させるという新知見を得たために英文論文化した。さらに、血管奇形に伴うDICに対しても直接経口抗凝固薬が極めて有効であることを見出し、現在論文作成中である。高度の出血症状やFDP、D-ダイマー上昇のためにDICとの鑑別が問題になる凝固因子に対する自己抗体を発現した出血性素因において、ノルモテストとPTの乖離現象が極めて有効であることを見出して、英文論文化した。
DICモデルの作成:ラットを使用し、DIC惹起物質であるLPSまたは組織因子を尾静脈より持続点滴し、DICモデルを作成する。DIC惹起物質投与前、投与中、投与後における血小板数、フィブリノゲン、PT、D-ダイマー、AT、TAT、PAIによりDICの 発症、病型(線溶抑制型DICまたは線溶亢進型DICのモデルであるか)を確認する。LPS誘発DICモデルとTF誘発DICモデルの病態比較検討:両DICモデルにおいて、凝固線溶動態のみでなく、血管作動性物質(エンドセリンETおよび一酸化窒素NO)の動態観察、ETおよびNOの発現臓器を同定することにより両DICモデルにおける血管作動性物質のDIC病態への関与・役割を考察する。DICにおけるNO産生に関与するNOSアイソザイムの同定:両DICモデルの臓器におけるiNOS-mRNA、eNOS-mRNAの発現程度を評価することにより、NO産生に関与するNOSアイソザイムを同定する。我々の予備実験により、LPS誘発DICモデルと組織因子誘発DICモデルのいずれにおいても血中NOXは著増するが、LPS誘発DICモデルではiNOS-mRNA発現が著増しているのに対し、組織因子誘発DICモデルではiNOS-mRNAの発現はなく、他のNOSアイソザイムがNO産生に関与しているらしいことを観察中であるが、アイソザイムの同定には至っていない。各種NOSインヒビター投与によるNO産生への影響:両DICモデルに対するアイソザイム特異的NOSインヒビターの投与に伴うNO産生への影響を観察することにより、NO産生に関与するNOSアイソザイムを確認可能である。また、特異的NOSインヒビターの投与に伴う、凝固線溶病態、微小血栓形成、臓器障害、血行動態への影響を評価することにより、両DICモデルにおけるNOの役割を明らかにする。
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