本研究の目的は、治療的委託ガスである水素を溶解させた生理食塩水(Hydrogen-rich saline; HRS)の腹腔内投与により、術後イレウスが予防できるか、またそのメカニズムはないかをマウスモデルを用いて解明することであった。 マウスを開腹し、綿棒で腸管全体を3回軽くこすること(surgical manupulation: SM)で、術後イレウスモデルを確立することに成功した。腸管輸送能を評価するため、蛍光色素で標識した非吸収性のデキストランを経口投与し、90分後に評価を行った。胃から大腸までを取り出し14の区域(胃、小腸は等間隔で10分割、結腸3分割)にわけ、それぞれに含まれる腸管内容物の蛍光色素を測定し、腸管輸送能を評価すると、イレウスモデルでは多くのデキストランが近位空腸にとどまっていた。HRSを閉腹前に腹腔内投与することで、90分後のデキストランはほぼ遠位回腸や結腸まで流れ、イレウスが改善することが分かった。HRSの水素濃度は約1.6PPMで十分な効果が得られ、副作用も認めなかった。また、SMにより大量の好中球が筋層に浸潤することがわかったが、HRSはその数を有意に減少させた。SM後6時間で筋層のiNOS、IL-6のmRNAは増加した。HRSはこれらmRNAの発現を抑制した。組織中のNO代謝産物濃度は、HRS群で有意に低下しており、SMで誘導されてくるiNOSによる腸管組織内NOの増加が術後イレウスに深く関係し、それがHRSの投与で抑制されることにより、腸管機能がたもたれることが推測され、現在論文執筆中である。
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