近年、脳神経発達期にあたる乳幼児期の全身麻酔が認知機能の発達に影響を及ぼすことが懸念されている。長時間の麻酔薬暴露によりアポトーシス誘導が増大することが示されているが、アポトーシスのカスケード反応がいつ開始するのかは示されていない。本研究では全身麻酔薬であるプロポフォールが幼若脳の神経細胞に与える影響を生細胞で経時的に観察する手法を検討した。 FRET(蛍光共鳴エネルギー移動)現象を利用しカスパーゼ3活性を可視化できるSCAT3遺伝子を導入した新生マウス(P0-4)を用いて脳スライス標本を作製した。SCAT3とは蛍光タンパクであるECFPとVenusからなる融合タンパクでカスパーゼ3によって開裂されるペプチド、DEVD(アミノ酸配列)で連結されている。人工脳脊髄液を対照群とし、プロポフォール、プロポフォールの有機溶媒であるDMSOを持続的に灌流投与した群と比較した。共焦点レーザー顕微鏡下に海馬CA1領域の神経細胞の蛍光波長強度比を5時間にわたり継時的に観察した。疑似カラーによってイメージを構築し、ピクセル数から作製したヒストグラムによって蛍光変化を定量化した。 我々はヒストグラムが時間経過とともに変化し、カスパーゼ3活性が起きたCA1ニューロンの蛍光ピクセル数が増加する様子を観察した。ヒストグラムの変化はプロポフォール群において5時間で劇的に変化し、対照群の継時的変化のパターンとは明らかに異なっていた。 本研究ではFRETによるリアルタイムイメージングの手法を用いて幼若期脳スライス標本におけるプロポフォール投与によるカスパーゼ3活性の始まりを観察することに成功した。このモデルは発達期の脳神経細胞におけるアポトーシス誘導を観察する手法となりえることを示唆した。
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