研究課題/領域番号 |
16K11983
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
武村 雪絵 東京大学, 大学院医学系研究科(医学部), 准教授 (70361467)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 看護管理 / 事例研究 / 福島原発事故 / 自主避難 / 組織ダイナミクス / 倫理的課題 |
研究実績の概要 |
本研究は看護管理学分野に特化した事例研究手法、すなわち、組織を分析単位として多様な関係者からデータを収集し分析する手順や、データ間の矛盾に注目しながら深層に迫る理論・モデルを構築する手法、複数事例を統合する手法を確立することを目的としている。同時に、看護管理の事例研究に特有な倫理的課題とその対処指針を明確化することも目指している。これらの目的を達成するため、実際に事例研究を展開しながら方法論の開発や倫理的課題の検討を行うこととした。事例研究は稀な事例や複雑な事例を分析するのに適していることから、福島原発事故後の管理実践を取り上げることとした。特に自主避難をめぐって看護管理者がどのように思考し意思決定したか、またその判断や行為が短期的及び中長期的に部下や組織にどのような影響を与えたかについて、様々な立場から複数の視点から描き出すことを目的とした。 平成28年度は縁故法により福島県内の避難指示地区に隣接する地区の1病院から研究参加の同意が得られ、震災当時同じ部署であった看護師長、副看護師長、主任、スタッフのそれぞれに2時間のインタビューを実施した。その結果、どの対象者も事象や事実に関する語りは一致していたが、自主避難をめぐって経験した感情や他者の行為の解釈は全く異なることがわかった。また、職場ではこの話題が避けられ、自らの経験や感情をこれまで表出していないことがわかった。 看護管理の事例研究の倫理的課題については、班会議や専門家を交えた検討会で検討を重ねた。個人や施設を特定する情報を除いても、事例研究という性質上、ある程度文脈を描く必要があり、対象者が自分に関する記述を見つけることで周囲の反応を知る可能性が示唆された。特に今回、他者に隠していた感情が多く語られたことから、研究結果の公表には慎重を期す必要があり、複数事例を統合した上で、構造面から描く配慮が必要だという意見で一致した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成28年度は①データ収集やデータ分析の手順や方法を検討すること、②福島原発事故後対応事例についてデータ収集と分析を開始すること、③倫理的課題と倫理的配慮の検討をすることの3点を目的としていた。 ①については文献検討した後、班会議により、同一部署の複数の対象者を募集する方法、また、対象者が安全な環境でインタビューを受けるための方法について検討した。その結果、縁故法を用いながらも匿名性の高い募集を行う方法、対象者の自由意思に配慮した説明と同意取得の方法、組織内の関係性やその中の個人の経験を聞きとるためのインタビュー時の注意点、データを扱う上での注意点等を明らかにした。 ②については、まず計画どおり、①の方法を用いて福島県内の1施設1部署をリクルートし、様々な立場の対象者4名から研究参加の同意を得て、それぞれプライバシーを保護しながらインタビューを実施することができた。分析の結果、対象者たちが経験した感情や他者の行為の解釈が全く異なることがわかり、また、ネガティブな感情やアンビバレントな感情を表出しないまま抱え続けていることもわかった。このため、研究協力依頼は難しく、看護部長が心理的状態を見極めたうえで、他者にわからないよう打診する必要があった。③により公表に際してはより多くの対象者へのインタビューが必要だとわかったため、同施設の他部署、及び他施設へも研究協力依頼を行い内諾を得た。 ③については計画どおり、班会議と倫理の専門家を招いての検討会において倫理的課題と必要な配慮について議論した。対象者や関係者、及びそれらの関係性を傷つけないためには、公表の際は複数事例を統合し、対象者本人でも自分の関係者の語りを特定できないようにすること、部署や病院という組織を超えた大きな力が働いていた可能性に注目し、構造やシステム面からそれぞれの選択がやむを得なかった背景を描く必要があることが確認された。
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今後の研究の推進方策 |
申請時の計画では、平成29年度は、平成28年度に1部署で収集したデータを用いて、対象者の立場やデータの種類による違いや矛盾に注目して分析を進め、明らかになった研究結果を段階的に公表する予定であった。また、2~3部署のデータを用いて矛盾データの分析方法と複数部署のデータの統合方法を確立した上で、平成29年度後半には病床再編事例へその手法の適用を開始する予定であった。 しかし、平成28年度の取り組みの結果、福島原発事故後対応事例の分析結果を公表するためには、倫理的課題を解決する必要があり、対象施設や部署を当初の計画よりも増やし、対象者本人でも自分の関係者の語りを特定できないようにする必要があるとわかった。個人の問題に帰結しないよう、構造面から事例を描く必要もあり、より多くの文脈を表すデータが必要となる。そのため、平成29年度は福島原発事故後対応事例のデータ収集と分析を継続し、看護管理学事例研究手法のプロトコル化を継続することとする。なお、これまで本研究に参加した者は研究への参加を秘密にすることを希望していた。今後もスノーボールサンプリングの実施は難しく、部署によって協力が得られる職位にバラツキがあることも予想される。そのため、事例研究手法の開発に際しては、部署によって参加者数や職位にバラツキがあっても、補完しながら複数事例を統合する方法論を検討することとする。 将来、看護管理学分野の事例研究を推進するためには、対象者と関係者、及びその関係性を傷つけることなく、また、研究参加施設やその活動を損なうことがない事例研究手法の開発が不可欠であり、福島原発事故後対応事例のデータ収集と分析を通じて、これらの課題をクリアする研究手法を確立することは重要だと思われる。 なお、平成29年度は事例研究手法開発プロセスの公表を目指し、倫理的課題をクリアした上で平成30年度に事例分析結果の公表を目指す。
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