本研究では、ヒトの聴覚における蝸牛増幅機能のトノトピックな限界が、気導聴力における約20 kHzの上限周波数を決定していることを、骨導という特殊な聴覚を利用して証明するものである。また、ヒトが加齢に伴って罹患する初期の老人性難聴は、この蝸牛増幅機能の、高周波域からの減退を主な要因としていることも、この骨導聴覚によって証明される。これは、一部で通説となっている中耳伝音系の周波数的限界に要因を求める説を明確に否定するものである。 本年度も若年者と中年者を対象とし、標準気導聴力検査の実施と、骨導純音刺激による等ラウドネス特性の計測を行い、エビデンスの蓄積に努めた。事実、現時点のデータからも既に、その仮説の正しさが証明されつつある。例えば、若年者の骨導の等ラウドネス特性は、ヒトの聴覚における蝸牛増幅機能の生得的なトノトピシティの限界が、気導聴力の上限周波数と強い相関のあることを明確に示してきた。一方、中年者の骨導の等ラウドネス特性は、加齢と共に進行する気導聴力の高周波域からの低下が、常に骨導ラウドネス曲線の収斂周波数と同調することを明らかにしており、蝸牛増幅機能の加齢に伴う減退あるいは消失が、初期老人性難聴の根本的な要因であることを示唆している。 一方、本検査手法の開発において、骨導呈示装置として採用する予定であった村田製作所社製の超音波振動子が生産中止されたことを受け、代わりに富士セラミックス社製の超音波振動子を使い、検査装置への適合を図った。その結果、概ね同等の検査精度を維持することが判った。また、将来において、超音波振動子の入手困難などの同等の問題発生の可能性を鑑みて、骨導超音波に替わる可聴域の骨導刺激による代替の診断手法の検討にも着手した。それは、蝸牛増幅機能の減退が生じたことによって高周波領域でのピッチ知覚が変容する事を利用したものであり、その有効性を実証した。
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